1日目-03
人間としか思えない知的生命体が、武器を振り回して、見たこともない巨大な動物と戦っている……。その光景は小枝にとって、非常に興味深いものだった。それには深い(?)理由がある。
人里離れた山奥で過ごしてきた彼女にとって、余暇に楽しめる事は、基本、人間と同じだった。食べるか、畑を耕すか、散歩するか、湖で遊ぶか、釣りをするか、あるいはサブカルチャーを楽しむか、のどれかである。
その内、彼女が楽しんできたサブカルチャーの中には、異世界を題材にした物語やゲームが少なからず存在した。その登場人物には、当然、冒険者がいて……。小枝が遭遇した者たちは、その話の中に登場する冒険者そのものと言っても過言ではない姿をしていたのだ。というより、そのもの、と表現しても良いかも知れない。
ただ、残念と言うべきか、そこにいた冒険者と思しき者たちは、物語やゲームなどで語られているような"格好良い"冒険者とは対極の存在だったようである。なにしろ、相手の魔物(?)にまったくダメージが入れられていないのだ。このまま続けばどんな結末を迎えるのかは、火を見るより明らかだった。
「くそっ!くそっ!!」カンッカンッ
「い、一旦引くわよ!」キィィィンッ
「どこにだよ!」ガキンッ
「くっ……!」ぷるぷる
3人の冒険者たちと護衛対象か御者と思しき人物は、巨大なアリたちの攻撃を防ぐので精一杯といった様子で……。逃げるタイミングを失ってしまい、ついには完全に囲まれてしまう。
一方、その様子を、木の陰からじっと観察していた小枝は、不思議そうに首を傾げていた。
「(あの方々は、何をされているのでしょうか?)」
彼女から見る限り、冒険者たちは、自ら蟻に囲い込まれに行ったようにしか見えなかったのだ。そして、今も、逃げ出す方法があるというのに、敢えて逃げ出そうとしないように見えていた。
「(何か事情があるのでしょうか?)」
特別な理由があって、わざと囲まれたのか……。しかし、小枝がどんなに考えても、原因らしき事柄は思い付くことができなかった。
なお、冒険者たちは、演技でもなんでもなく、単に逃げたくても逃げられない状況にいるだけである。だが、超兵器たるガーディアンであり、高速思考ができる小枝には、冒険者たちがわざと追い詰められているようにしか見えなかったのだ。
「(助けた方が良いのでしょうか?それとも放置した方が?……分かりませんね。下手なことをすると怒られちゃうかも知れませんから、直接聞いてみましょう)」
彼女は意を決すると、隠れていた木陰から道へと歩み出る。そのまま蟻の横を通り過ぎて、囲まれていた冒険者の元へと近寄り、そして彼らに対し声を掛けた。
「あの……皆さん、どうして逃げないのですか?」
突然、木陰から現れた小枝に気付いて——、
「「「「なっ……?!」」」」
——冒険者たちは眼を疑った。
◇
ミハイルは冒険者である。SからFまである冒険者のランクの中で、下から3番目のDランク。彼らの業界では、中堅、と言えるランクだ。
この日、彼は、パーティーを組んでいるジャックとクレアの2人と一緒に、商人の護衛任務を請け負って、とある町へと向かっている最中だった。旅程の8割は順調だったものの、あと少しで依頼達成、といったところで、問題が生じてしまう。
その出来事は、彼らが"魔女の森"と呼ばれる場所を通過している最中に起こった。ジャイアントアント、ミュータントアント、あるいは単に巨大蟻と呼ばれている大きな昆虫の魔物に襲われてしまったのだ。
"魔女の森"には数多くの動物・魔物たちが生息している。その中には、絶対に遭遇してはいけないと言われている種族がいくつかいて……。その1種類が巨大蟻だった。何しろ、巨大蟻の身体を包む強固な外骨格には、武器を使った物理攻撃の類いが、まったく通らないのだ。あまりに硬すぎる外骨格と、超が付くほどに強力な顎。攻撃の動き自体は緩慢だったものの、移動速度は馬よりも速く……。ミハイルたちが遭遇した時点で、彼らが勝てる見込みはゼロ。あとは運頼みで逃げるしかない絶望的な相手だった。
実際、彼らは絶望した。許されるのなら、護衛対象の商人を囮にして、一目散に逃げ出したいほどに、だ。それでも彼らがその場に残ったのは、冒険者としての矜持が逃げることを許せなかったから。……そう、彼らは、冒険者である事に誇りを持っていたのだ。
しかし、その矜持も、一瞬で消え去ってしまうほどの出来事が生じる。
「あの……皆さん、どうして逃げないのですか?」
「「「「なっ……?!」」」」
森の中から、変わった服装をした少女が突然現れて、何事もないかのように、自分たちの所へと歩み寄ってきたからだ。それも、巨大な蟻のことを意に介すことなく、最初から気付いていないかのような自然な動きで……。
現れた少女は、シャツやズボンといった服装ではなく、上から下まで1枚物の服。しかしワンピースとは異なる服装を身につけていた。
それは和装。もしも現代世界出身の人物がいたなら——いや、いたとしても、森の中から出てきた少女を見て、眼を疑ったに違いない。何しろ少女の和装は、正装に近い和服。森の中を歩き回るのには決して適切とは言えない、異様な服装だったのだ。
ミハイルは、見慣れない服装の少女を前に、目を丸くした。しかしそれは、服装がおかしかったから、というわけではない。この森は"魔女の森"と呼ばれている……。そう言えば、皆まで言わずとも見当が付くのではないだろうか。
「ま、魔女だ!魔女が出たっ!」
「「「?!」」」
木陰から出てきた少女——小枝を見て、ミハイルは思わず声を上げた。どうやら彼には、小枝のことが、恐ろしい魔女のように見えたようだ。……そう、人を攫って喰らうと噂される魔女のように……。
いつか本編と間違えて投稿しそうな気がするのじゃ……。