4日目-2
「今日もお料理を用意してきました」
「…………」ごくり
「昨晩のお料理は、私が食べられれば良いと思って適当に作ったお料理でしたから、今日のお料理は昨日の比ではありませんよ?気合いを入れて作りましたので」
「あのお料理……やっぱり、キノシタ様が食べられるはずだったお料理だったのですね。ごめんなさい……私、何も考えずに食べちゃって……」
「いえ、常に2日分の料理を持ち歩いているので、アルティシアちゃんが気にすることはありません。まぁ、それは置いておいて……。今日の料理は……こちら、ですっ!」ドンッ
そう言って小枝は虚空から弁当箱を3つ取り出した。ただし3人分の弁当ではない。3種類の料理が小分けに分けられたパックである。
対するアルティシアは、小枝が虚空から弁当箱を取り出したことに気付いていない様子だった。小枝が出した弁当箱に釘付けになっていて、それ以外のことには気付いていなかったらしい。もちろん、プラスチック製の弁当箱についても、である。よほど空腹だったのだろう。
「まだ蓋が開いていないのに美味しそうな匂いが漂ってくる気がします。まるで、宮廷料理のような……」わなわな
「いえいえ、そんな大それたものではなく、あり合わせのもので適当に作ったビーストロガノフと、白米のオニオン炒めと、サクランボのゼリーだけです。その辺の家庭でも簡単に作れるお料理です」
「……どれも聞いたことが無いのですが……」
「まぁ、私の故郷に伝わる料理ですから、聞いたことが無くても仕方ないですよ。さ、冷めないうちに食べて下さい」
そう言って小枝は——、
カパッ……
——とビーストロガノフが入った弁当箱(断熱性)の蓋を開けた。
直後、香ばしい匂いが、仄かな湯気共に部屋の中に充満する。それと同時にアルティシアは——、
「うぐっ……!」
——と、腹部を押さえ、椅子の上で蹲ってしまう。
「ど、どうしたのですか?!どこか痛いのですか?!」
「……お、お腹が減りすぎて……」
グゴゴゴゴゴッ!!
「……お腹が痛いです……」ぷるぷる
小枝が用意した食事の香りは、アルティシアが想像していたものを遙かに超えていたらしく……。彼女の消化器官が過剰に運動を始めて、痛みを感じてしまったらしい。
「……まずはお水からですね」
「すみません……」ごくごく
部屋の中にあった水差しからガラス製のコップに水を注ぎ、それを飲んで落ち着いたところで……。いよいよアルティシアの食事が始まる。
「……今日も女神様のお恵みをありがたく頂きます」
「(……ちょっと長いですけど、日本の"いただきます"と似たような挨拶なのですね。昨日は言ってなかったように思いますけど……そんなにお腹が減っていたのでしょうか?)」
と、アルティシアの挨拶に、小枝がそんな予測を付けていると……。彼女の視線の先にいたアルティシアは、震える手でスプーンを握りながら——何故か固まっていた。
「……?どうしたのですか?」
「……これはもしかして夢なのでしょうか?」
「いえ、現実のはずですけど……(私たち、夢は見ないですし……)」
「……こんなにも美味しそうな食事が、この世界に存在していたなんて……」ぷるぷる
「えぇ、私も、この町の料理を見ていると、本当にそう思えてなりません。ですが、コレはまだ序の口。世界にはもっと美味しい料理があるのですよ?」
「もっと……美味しい料理が……?」ごくり
「というか、美味しい料理以前に、私が作った料理すら、まだ手を付けていませんよね?冷める前に早く食べちゃって下さい」
「はっ!そうでした!」
そして、アルティシアは、まるで覚悟を決めたかのように、ビーストロガノフの中にスプーンを潜らせてすくい取り……。そして、そのスプーンを、小さな口の中へと入れて——、
「…………?!」
バタッ……
「えっ……ちょっ……」
——昏倒した。
◇
それから5分後。
「……お恥ずかしいところをお見せしました。それはもう、美味しすぎて死ぬかと思いましたよ……」
「いや、ホント、私も死んでしまったのかと心配しました……」
本当のリアクションが、オーバーリアクションを越えて空を飛んでいった結果、アルティシアの魂は、もう少しで、空の彼方にある川を渡りそうになったようである。
それでもアルティシアは、どうにか再び椅子に戻ると、ビーストロガノフを美味しそうに口にし始めた。その際、一口一口食べる度に、身を震わせていたのは、再び抜けそうになっていた魂を必死に押さえ込んでいたからか。
そんなアルティシアに対し、引導を渡すべく(?)、小枝は更なる爆弾——ガーリックご飯を投下する。
「こちらも合わせて食べるともっと美味しいですよ?」
「これですか?……はむっ…………?!」ぐらっ
「ちょっと待って!落ち着いて下さい!心を強く持って……」
「はぁ……危ない危ない……」
「身体に合わないのに、無理して食べているのでは……」
「いえ、そんなことはありません。噛めば噛むほど甘みが出てきて、もちもちとした食感と、食欲をそそる香りが堪らなくて……。もはや、この世の食事とは思えません。私、きっと死んでしまったのですね……。そしてキノシタ様は、天使さんか何かに違いありません……」
「そこまで喜んでいただけると嬉しい限りですが……ここは現実です。そして私は天使などではなく、ただの不審者ですよ?」
「不審者などと、ご謙遜を……」
「こうして自分の正体も明かさずに、アルティシアちゃんに接しているのですから、不審者に違いありません。目的も不明、出身も不明、所属も不明……。これ以上、不審な者など、どこにいるというのでしょう?よほど昨日追い払った刺客たちの方が、色々とハッキリとしていてまともだったと思います」
そんな小枝の言葉に何を思ったのか……。アルティシアはゆっくりと首を振る。
「では、こういうことにしましょう。目的は——私と仲良くなること」
「アルティシアちゃんと……仲良く?」
「はい。そして、出身については……誰もが明かしているわけではありませんので、この際、伏せていても問題ないと思います」
「(さて、どうでしょうね?本当の事を知ったら、アルティシアちゃん……多分、また昏倒しますね)」
「そして所属は……」
アルティシアはそう言って少しだけ言葉に詰まってから……。小枝のことをジッと見つめて、こう口にしたのである。
「……領主直属の騎士、というのは?」
「お断りします」にこっ
「……そう仰ると思っていました」がくっ
「ですけど、アルティシアちゃんの友人……いえ、親友になら、なっても良いですよ?」
「親友、ですか?…………親友……」
何度も親友と呟きながら、スプーンを口に運んで、満足げにニッコリと笑みを浮かべるアルティシア。そんな彼女は、小枝に自身の提案が断られることを分かっていて、それでも敢えて騎士入りを提案したようだが……。結果として、思っていた以上(?)の収穫が得られて、嬉しかったようである。
そしてアルティシアが小枝の親友になることを許諾した後。晩餐会のメニューは、デザートへと突入する。