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3日目-21

 ギルド内にあった薬草をすべて薬に加工し終わった頃には、月も大分傾いていた。もうすぐ1日の終わり。深夜の12時を過ぎると変身が解けてしまう偽りの姫のごとく、小枝が現代世界へと帰らなくてはならない時間である。


 ゆえに小枝は、早々にダニエルたちに別れを告げると、路地裏へと入り……。そして文字通りその場で姿を消した。彼女の行き先は、前記の通り、姉が待つ現代世界。そこに問題があるとすれば、時間が無くて姉のための土産を用意できなかったことだろうか……。



「ただいま帰りましt——」


「…………」キラキラ


「……姉様?顔がすごく近いのですけど……」


 小枝が転移した先では、姉のキラが、まるで妹の転移場所を知っているかのように待ち構えていたようである。キラの眠そうな眼が、星が瞬くかのごとく輝かいていたところを見ると、彼女は妹の帰りを楽しみにしていたのだろう。……まぁ、より正確に表現するなら、キラが楽しみにしていたのは小枝自身の帰りではなく、妹が持ち帰るだろう土産だったと言うべきかもしれないが。


 キラは「近い」と小枝に指摘されたというのに、それを正すことなく、そのまま妹へと質問した。


「……お土産……ワイバーンは?」


「アレを連れてこいと言うのですか?大きすぎて無理ですよ。この部屋の中に入れたら……きっと言葉では表現できないスプラッタな状況になると思います」


「…………そう」しょんぼり


「そもそも、生き物をここに連れてきたとして、この閉鎖空間の中で飼うつもりなのですか?それは可哀想だと思うのですが……」


「…………」しゅん……


「……もう、姉様ったら……。仕方ありませんね。機会があったら、小動物……も可哀想だと思うので、小魚か何かを捕ってこようと思います」


「……クラーケン?」


「それ、小魚じゃないですし、小さくもないですよね?」


「……この際、小魚でも良い。出来れば魔法を使えるとなお良い」


「魔法を使える小魚ですか……。それは難題ですね。考えておきます(考えるだけ)」


 小枝はそう言って溜息を吐いた。


 この時、彼女は、近い未来、自分が取るだろう行動について考えもしていなかったに違いない。もしも考えていたなら、"小魚を連れてくる"などと、適当な事を言うことは無かったはずなのだから……。


 まぁ、それはさておき。小枝とやり取りをしている間も、キラは妹が見た景色をダウンロードして閲覧していたようである。


「……この子、アホの子?」


「アホの子?あー、アルティシアちゃんですか?姉様、言いますね……アホとか……」


「……趣味がおかしい……というか怪しい。でも、小枝に胸が無くて良かった」


「……それどういう意味ですか?」ビキビキ


「……もしも小枝に胸があったら、襲われていたかもしれない」


「そんなわけ無いじゃないですか」じとぉ


「……なんか、店の人から嫌がらせを受けてる場面が多い。もしかして小枝、そういう趣味に目覚めた?」


「もう、ちょっと待ってくださいよ姉様。それ分かってて言ってますよね?こう見えても心にダメージを負ってるんです。よく我慢したと思いませんか?」


「……結局、騎士団の人たちと協力して、皆のこと懲らしめてる」


「それはそうですよ。私のランクアップの試験を……あ、そうそう!」


 小枝は思い出したかのように懐から1枚のカードを取り出した。冒険者ギルドのギルドカードである。


「見て下さい!姉様!Eランクに上がりましたよ?Eランク!」


「……文字が書いていないからよく分からない。もっと近くで見せて欲しい」


「はいどうぞ」


 そう言って小枝はキラにカードを差し出した。そのカード自体は昨日ギルドで作ったものだったが、小枝はすっかり失念していて、姉に見せていなかったのである。そのせいもあってか、キラは、初めて見るギルドカードを興味深げに見つめていたようだ。


 だが、ギルドカードを手に取ったキラは、そこに険しい表情を向け始める。なお、言うまでもないことだが、彼女の視力は悪くない。つまり、彼女が眉を顰めるとなると、何か気付くこと——それも納得がいかないことがあったから、ということになるだろう。


 それに気付いた小枝は、恐る恐ると言った様子で問いかけた。


「……あの、姉様?何かあったのですか?」


 その問いかけに、キラは返答するのだが……。その内容は、小枝にとって予想だにしないものだった。


「……RFID検知」


「え゛っ……」


「……でも、登録されているバイナリーデータに、小枝を特定する情報は無さそう」


「まさか、あの世界……実はファンタジーな世界ではなかったというわけですか?!」


「……多分それはない」


 キラは小枝の推測をきっぱりと否定する。


「……このカードを作っている場所だけが、高い技術を持っているのだと思う。もしも高水準の技術に溢れている世界だとするなら、もっと高い文明が発達していておかしくないはず」


「確かに……。あの世界、文化はそれほど進んでいませんからね……。特に、あの料理とか……」


「……シャラップ」


「えぇ、私もアレは思い出したくありません。姉様に習ってオートモザイクを掛けたくらいです」


「…………」こくこく


「ギルドカードのRFIDについては、機会があったら調査してみようと思います。ただ今は、ワルツの捜索が最優先ですから、優先順位はそれほど高くはありませんけれどね」


 小枝にとって優先すべき事は、飽くまで妹のワルツの行方を捜索すること。妙にハイテクな技術が異世界にあったとしても、そのせいでワルツの捜索に支障が出るわけではなかったので、小枝としては、あまり重要だとは思えなかったようである。


 それよりも何よりも——、


「ところで、姉様。あの世界に……本当にワルツはいるのでしょうか?」


——冒険者として活動していても、いっさいワルツの情報が掴めず、小枝は気がかりでならなかった。場合によっては"多世界解釈"のように、他にも沢山の異世界が存在していて、自分が出入りしている世界とは別の世界にワルツは入り込んでしまったのではないか……。小枝は、そんな懸念を持っていたようだ。


 しかし、キラは断言する。


「……間違いなくいる」


「どうして言い切れるのですか?」


「……私が渡した空間制御システムは、ワルツに内蔵されていたものとまったく同じ。パラメータも同じ。あの子が故意にパラメータを書き換えたとも思えないから、恐らくは同じ世界の……小枝とは別の場所に飛ばされただけだと思う」


「……分かりました。姉様のことを信じて、これからもあの世界でワルツの事を探すことにします」


 そう口にする直前まで、小枝は内心で悩んでいた。もしかすると、妹は異なる世界にいて、自分は無駄なことをしているのではないか、と。


 しかし、この時、彼女の中からは、その憂いは消え去っていたようである。もちろん、完全に無くなった訳ではなかったものの、姉であるキラの発言は小枝の憂いを吹き飛ばすのに十分な効果を持っていて……。小枝は、多少の迷い程度なら、気にならなくなったようだ。


 こうして彼女の異世界生活の3日目が、無事に(?)終わったのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 62/62 ・まだ3日なんですね。一日の濃度が高すぎて時間感覚が麻痺ってました。 [気になる点] RFID検知……ググって来ました。 やはり個人情報は魔力関連なんでしょうか? [一言]…
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