3日目-20
小枝はミハイルたちに別れを告げてから、冒険者ギルドに戻ってきていた。残った4人は"Health Kitchen"で食事を摂ることにしたようだが、小枝は急いでランクアップ試験を片付けると言って、夕食の誘いを辞退したのだ。
「……うっぷ……どうしてあのようなものを美味しそうに食べられるのでしょうか……」げっそり
視界に映るオートモザイクの隙間から見え隠れしていたGTMN料理を思い出しながら、小枝はその手を口に当てた。
しかし、それも短い時間のこと。これからランクアップ視線を受けなければならない彼女は、努めて気を取り直すと……。ギルドの扉を開けて、その内側へと足を踏み入れた。そして、自身が放置したままだったために高く積み上げられていた麻袋の山を巧みに避けて、カウンターへと向かう。
するとそこでは、ダニエルたちが、まるで小枝がやってくる事を待ち構えていたかのように、彼女の事を出迎えた。
「お帰りなさい、コエダちゃん」
「すみません。お待たせしました」
「いや、まだ営業時間内だから気にしなくても大丈夫だ。それよりランクアップ試験の方は大丈夫か?」
「……はい。私が冒険者になる上で必要となるものを持参しました」
そう言って小枝がカウンターに出したのは——、
「これだけです」スッ……
——冒険者ギルドのギルドカード1枚だけだった。
「よく考えてみたのですが、やはり私に必要なものは、ギルドカード以外には無さそうです。武器もいらないですし、防具もいりません。薬や道具袋だって、必要になったらその場で作れば良いですし、食器や調理器具、寝床に至るまで、全部同じです。無ければ作ります。ですから、私が冒険者として活動するために必要な物は、このカード以外に、一切何も必要ありません」
そんな小枝の非常識な返答を聞いた試験官——ダニエルの返答は——、
「……なぁ、コエダちゃん。ホント、Cランク……いやAランクの冒険者になって貰えないか?」
——やはり昨日と同じく、飛び級を提案するというものだった。……一体どこの世界に、着の身着のまま活動できるFランク級冒険者がいるのか……。その答えが目の前に立っていたせいか、ダニエルとしては是非とも小枝に高ランク冒険者になって欲しかったようである。
それに対する小枝の返答もまた、昨日とまったく同じだった。
「お断りします!」
「そこをなんとか……!」
「それではこの町から出ていきます!」
「そ、それだけは……」
「ならEランクで」
「……分かった」
小枝が頑なに拒否するために、無理強いを諦めるダニエル。結果、彼は、小枝のギルドカードを渋々と行った様子で受け取るのだが……。その内心ではこんなことを考えていたようだ。
「(まぁ、このペースなら、AランクどころかSランクに上がるのも時間の問題だろうな……)」
無理強いせずとも、放っておけば、数週間程度でSランクまで上がってしまうのではないか……。表向きは必死な様子のダニエルだったが、内心では楽観視していたようである。
そんな彼の脈拍や血圧に気付いて、小枝が眉を顰める。
「……なんか、腑に落ちないですね……」
「…………?!」びくぅ
「……やはり、もう少しゆっくり上がった方が……」
「いや、お願いだからEランクになってくださ……あっ……」
「…………?」
「間違えてSランクと入力してしま——」
「…………」ギロリ
「……訂正しておきました。これでコエダ様は、晴れてEランクの冒険者として活躍できます。おめでとうございます。今後とも益々なるご活躍をご期待しております。……はやくSランクに上がってくれ……」ぼそっ
「それはまだずっと先の話です。そんなことより……」
小枝はダニエルから見た目がまったく変わらない透明なギルドカードを受け取ると、後ろを振り向いて、そこにあった袋の山に目を向けた。そしてこんなことを口にする。
「問題はこちらのお薬ですね。時間もあまり残されていませんし、さっさと片付けてしまいましょう」
小枝はそう口にすると、異相空間から傷薬を生成するための機械を取り出した。彼女はその中に適当な様子で薬草を入れると——、
「〜〜〜♪」ガラガラガラ
——ハンドルを勢いよく回して、薬の生成を始めたのである。
その後、1時間ほどで、ギルド内には、およそ20万人に渡せるだけの大量の傷薬と解毒薬、それに体力増強薬や、魔力増強薬などが並ぶことになった。作った量が量だったので、薬は無造作に木の樽の中に詰められることになったのだが……。薬を作った小枝自身は、その樽が1つでどれほどの価値になるのか、まったく把握していなかったに違いない。……まぁ、知っていたところで、使い道の無い代物しか手に入らないので、いらない事に変わりは無いのだが。
1樽で1国が買える程度の価値なのじゃ?




