3日目-19
一行がやってきたのは、昨日と同じGTMN料理屋"Hell's Kitchen"——おっと、"Health Kitchen"で、小枝はそこで不機嫌そうな表情を浮かべながら、今日あった出来事を皆に説明していた。
「……朝、商業ギルド長のヴァンドルフさんが呼んでるから会合に来い、って言われて、それを拒否したんですよ。たったそれだけなのに、町の中で買い物が出来なくなってしまいましてね……。もう意味が分かりません。そうは思いませんか?」
「それ酷いね……(ランクアップ試験、クリア出来ないじゃん……)」
「確かに……(品物を買う以前の問題だな……)」
「…………(どんな断り方をしたら、そんなことになるんだ?)」
「その話が本当だとすれば、商人の風上にも置けないな……。しかし、あのヴァンドルフ氏がそんな指示を出すとは思えないんだが……」
小枝の説明を聞いていた4人は、それぞれにそんな感想を抱いていた。特に、商人であるリンカーンには、小枝の言葉が俄には信じられなかったらしく……。彼は口元に手を当てて、首を傾げてしまったようだ。
そんなリンカーンたちに、小枝は説明を続けた。
「それなのですよ、問題は。ヴァンドルフ氏を捕まえて、事情を吐かせたら、氏が関与していないことが分かりまして……」
「「「「(あっ、捕まえて尋問したんだ……)」」」」
「で、誰が指示を出したのか、関係者を洗いざらい調べてみたら、ゲートリーという若頭が独断で指示を出したというではありませんか。それで思い出したのですよ。確か、朝、私に声を掛けてきたのは彼だった、と。もしかして、言うことを聞かなかったことに対する逆恨みでしょうか?」
「なるほど……。彼らなら功を焦りすぎて、誤った判断を下したというのも頷ける……(多分、コエダちゃんのことを詳しく知らなかったんだな)」
「えぇ、実際、そのようです。捕まえて騎士団の詰め所で問い詰めたら、真実を喋り始めましてね?もうやらないと言質を取ったので、損害賠償を請求する程度でこの話はお仕舞い、という方向に持って行きたいと考えています」
その話を聞いた4人は、全員が全員、複雑そうな表情を浮かべていた。今回の事件では関係者があまりに多すぎたので、誰に同情すれば良いのか、考えあぐねていたらしい。
そしてもう一つ——、
「「「「(コエダちゃん……やっぱり騎士団と繋がってる……?)」」」」
——本来、騎士団が仕切るはずの場面で、一介の冒険者でしかないはずの小枝が、どうやったら口を挟めるというのか……。しかも、結局は、すべてを有耶無耶にして、何も無かったことにしたというのである。一体、どんな権力があれば、事件を握り潰すことが出来るのか……。小枝の話を聞く限り、4人には、彼女が騎士団に指示を下せるような立場にいるとしか思えなかったようである。
しかし、当然、小枝にそんな権力は無い。彼女は、リンカーンたちが、自分と騎士団が繋がっていると考えていることに気付いていたらしく、自分と騎士団との間で交わされた取り決めについて付け加えた。
「あ、ちなみにですけど、私と騎士団は無関係ですよ?騎士団に訴える時、色々と取引をしたんです。ほら、騎士団長のグラウベルさんという方がいるではないですか?私が昨日、吹き飛ばしてしまった彼です」
「「「「…………」」」」
「それで、骨折とか、捻挫とか、色々な怪我が治る薬を10セットほど手土産に持っていったら、私の好きにして良い、という話になりまして……」
「「「「ちょっ……」」」」
「いやー、ホント、話が分かる方で助かりました。あの薬、その辺に生えている雑草で作ったものなのですけど、あんなにも重宝されるとは……。世の中、分からないものですね」
「「「「 」」」」
「……えっと?皆さん?大丈夫ですか?なんというか目が死んでいるように見えるのですが……もしかしてお疲れですか?」
小枝はそう言って、異相空間から取り出した傷薬と解毒薬を差し出した。
「お疲れの時はこちらをぐいっとどうぞ(元は傷薬ですけど……)。食あたりで死にそうな時はこちらをお使いください(食あたりって中毒に分類されるのでしょうか?)。……まぁ、今日の出番は、後者の方でしょうかね」
そう口にする小枝の前には、今日も視界一杯にオートモザイクが掛かってしまうような壮絶な光景が広がっていて……。料理を口にしていないというに、無いはずの小枝の胃はずっしりと重くなっていたようである。
一方、4人の方は、小枝から差し出された薬を不思議そうに観察するものの、その場で飲むようなことはせず……。ただ感謝の言葉を口にして、それを懐にしまい込んだ。その表情に苦みの成分が浮かんでいたところを見ると、皆、小枝が非合法な薬を作ったのだと思ったのかも知れない。
そんな中、ミハイルの表情がふと柔らかくなる。
「……でも、その分なら、ランクアップ試験は大丈夫そうだな?」
しかし、小枝の表情は冴えない。
「問題はそれなんですよ……。私、冒険者として活動するのに、わざわざ買う必要があるものなんて、何も無くて……」
「いや、だから、それでいいんじゃないか?」
「えっ?」
「現地で薬を調達できる能力がない冒険者なら、町で薬を購入する必要がある。だから、薬を買うんだ。それをコエダちゃんに当てはめて考えたらどうなる?」
「……何も買う必要が無いですね」
「それで良いんだ。すごくうらやましいことに、コエダちゃんは下手をすれば、完全な手ぶらで冒険に出られるんだ。そのことをギルドの試験官に伝えれば良い。もちろん、相手からはあれやこれやと事情を聞かれることになるかも知れないが……その……コエダちゃんの"魔法"に関するところまでは詳しく聞かれないと思うから、その点は安心して良いと思う」
ミハイルはそう言いつつ、小枝が試験官と交わすだろうやり取りについて想像を巡らせた。その結果、失礼な質問をした試験官が、物理法則に逆らって空中を真っ直ぐに飛翔する未来が見えてきたようだが——、
「……そうですね。分かりました!私のありのままを説明して、ランクアップ試験に臨もうと思います!」
「お、おう……」
——覚悟を決めたような表情を浮かべる小枝の前では下手な忠告は言えず……。ミハイルは、ただ「頑張れ」とだけしか伝えられなかったようである。