3日目-18
「まず、宿です。宿に泊まる必要なんて無いんですよ。(自宅で)水浴びと洗濯さえ出来れば、お金を払ってまで宿に泊まる必要なんて無いんですから。最悪、その場に即席で家を建てたって良いのです」
「お、おう……」
「次に武器や防具です。その辺のなまくらを使うくらいなら、手刀で十分。その辺は皆さんがよくご存じでしょう?」
「そ、そうだな……」
「傷薬や解毒薬、あるいはその他の小物もそうです。現地調達で十分。なぜお金を払ってまで買う必要があるのか、まったく分かりません」
「…………」
「食事に関してもそうです。この町の食べ物は、どうしてあんなにもGTMN料理が多いのでしょうか?あのような料理を食べるくらいなら、自分で魔物を狩って、その辺の石をフライパン代わりにして焼いて食べた方が安上がりだし美味しいし……。今朝、領主の館の中で会った女の子も、同じ事を言っていました」
「 」
「……ダニエルさん?話、聞いていますか?まぁ、話は長くなりましたが、私が何が言いたいのかというと……今のままだと私は、税金を払うためだけに依頼を——」
と、堰を切ったように話す小枝からジト目を向けられていたダニエルは、相づちを打つことすら忘れるほどに、内心で焦りに焦っていたようである。自分は——いや、自分も取り返しの付かないことをやってしまったのではないか、と気付いたのだ。
「(こ、このままだと、コエダ様はランクアップ試験に合格できないんじゃ……)」
ランクアップ試験の内容は、冒険者として必要な物を購入すること。しかし、小枝が冒険者になる上で必要な物は、これと言って何も無く……。彼女がなぜ悩んでいたのか、ダニエルはようやく理解したのだ。
そして同時に、彼はもう一つの事実にも気付く。……今回のランクアップ試験さえ無ければ、商業ギルドが壊滅寸前まで追い込まれるという事態にはならなかったのではないか、と。
結果、彼は、絞り出すように、ランクアップ試験を取りやめにする旨の話をしようとした。もはや手遅れかも知れないが、ここで小枝を止めておかなければ、町が取り返しの付かないような大きな損害を被ることになるのではないかと考えたのだ。
だが——、
「あ、あの……コエダさm」
「おっといけません!もう夕方ではないですか!そろそろ道具屋の店員さんたちが帰ってくる頃だと思いますので、ちょっと買い物に行ってこようと思います。薬の作成はその後でも良いですよね?」
「えっ?あ、はい」
「では、行って参ります!」しゅたっ
——そんな言葉を残して、小枝は足早にギルドから去って行った。その後、残されたダニエル他、冒険者ギルドの者たちは、揃いも揃ってゲッソリとした表情を浮かべながら頭を抱えたようである。
そのとき、彼らは、こう考えていたに違いない。……町の人々に申し訳ないことをした、と。
◇
それから数分後。薄暗い町の中を駆けていった小枝の姿は、再び商店街の入り口にあった。
しかし、その場に明かりは点っておらず、まるでゴーストタウンと見紛わんばかりに暗闇が包み込んでいたようである。一応、店員たちは帰ってきているようだが、心労で疲れてしまい、今日の営業を継続できなくなってしまったらしい。
結果——、
「…………はぁ」がーん
——小枝は今日中にランクアップ試験が達成できないことを悟り、大きく肩を落としたようだ。
「世の中……儘ならないものですね……」しょんぼり
彼女はそう呟いた後、元来た道を歩き、冒険者ギルドへと戻ろうとした。
しかし、そんな折、彼女は顔見知りの者たちに話しかけられる。
「よーやく見つけたよ!コエダちゃん!」
「もう諦めようかと思ってたところだぜ……」
「この道とギルドとの間を何度も往復してるって聞いたんだけどな……」
「まぁ、いいじゃないか。こうして見つかったんだから」
声を掛けてきたのは、いつのも4人組だった。"今日の晩ご飯はシチュー"というふざけているとしか思えない名前のパーティーと、アメリカの元大統領と同じ名前の商人である。
「あれ?皆さん。今日もお料理を食べに行かれるのですか?」
小枝のあっけらかんとした問いかけに、商人のリンカーンが返答する。
「いやいや、コエダちゃんを探していたんだ。実は、この町のギルド……商業ギルドの方な?そこから、変な服s……赤い綺麗な服を着た冒険者には、物を売ってはいけないっていう通達が来たんだ。間違いなくコエダちゃんだと思って、心配になってな……(ここだけの話、俺に言ってくれれば、人身と魔物以外ならなんでも調達するから、遠慮無く言ってくれ)」コソコソ
小声でそう話すリンカーンの言葉を聞いた小枝は——、
「…………」ぶわっ
——思わず涙を零した。
「「「「えっ……」」」」
「世の中には……リンカーンさんのような優しい商人さんも……いるんですね……」ぐすっ
「えっ、ちょっ……」
「実は酷い目に遭いまして……ご覧の通り、この町の商店街を壊滅寸前にまで追い込んでしまったのです」
「「「「え゛っ」」」」
「まぁ、壊滅寸前に追い込んだと言いますか……私の立場を理解してもらった、と言うのが正確ですけどね」
「「「「…………」」」」
小枝が言葉を追加する度に、段々と表情が険しくなっていく4人。どうやら皆、小枝がまた何か良からぬ事をしてしまった、と考えているらしい。
その後、一行は、場所を変えて、小枝から事情を聞くことにしたようである。立ち話をするには、事情があまりにも複雑だと判断したようだ。