20日目午前-03
「では儂も一品。……暗殺に使う薬などは置いておらんかの?それも、使ったことを誰にも気取られぬやつを」
スミスの発言を聞いた彼以外の3人は、それぞれに異なる反応を見せた。店主のグレーテルは——、
「あるわよー。例えば、テトロドトキシンとアコニチンの混合物とかは、中々にエグいわよ?お互いに相反する性質を持つ毒素だから、同時に摂取してもすぐには死なないんだけど、ある程度時間が経って、毒素のバランスが崩れたときに一気に来るから、いつ盛られた毒なのか分からなくて、バレる可能性をかなり下げることが出来るわ?」
——と言いながら、どこからともなく取り出した2つの瓶をカウンタに置いたり……。騎士のアリスは——、
「なんか聞いた事の無い毒ですけど、それって虫にも効きます?」
——と既に殺虫剤を買ったというのに、更に買おうとしたり……。
あるいはグラウベルなどは——、
「ちょっ?!ジジイ!それ、絶対、俺に使おうとしてるだろ!」
——と自分に使われることを察して狼狽えていたようである。なお、魔女が魔女である事を隠さずに魔女らしい毒物を販売していることについて、指摘する者は誰もいない模様。
「何を言っておる?小童の手を捻るなど、毒物を使うほどの事でもないわ」ふんっ
「じゃぁ、何に使う気だよ」
「もちろん暗殺だ」
「誰を殺す気だって言ってんだよ!」
「では逆に問おう。お主、誰かを暗殺しようとしたとき、暗殺しようと思ってから道具を揃えるのか?あらかじめ道具を調えておくのが、殺しのプロフェッショナルというものではないのか?」
「……この爺さん、やっぱり危険人物だ」
「まったく、お主はそれでも騎士団長か?はぁ……まぁ、安心せい。たとえ儂が毒物を手に入れようとも、この町に生きる者たちに対して使う事は絶対にない——というか、そもそも買うつもりはないからな」
「……えっ?」
グラウベルは豆鉄砲を食らった鳩のような表情を浮かべた。彼はてっきり、スミスが毒物を買うものだと思い込んでいたのだ。
しかし、スミスに毒物を買うつもりはなかったようである。そもそも、魔法という強大な力を使うこなす彼にとって、誰かを暗殺するというのは朝飯前のこと。わざわざ、毒物を買う必要などどこにも無かったのである。
結果、薬屋の店主たるグレーテルが、深く溜息を吐きながら瓶をどこかへと仕舞い込んだ。
「なんだ買わないのね……。そういう冷やかし、やめて貰えると助かるわ?」
「いやいや、申し訳ない。だが、この店の薬屋としてのレベルがどの程度のものなのかハッキリと分かったゆえ、今後は是非、贔屓にさせて貰いたいと思う。ところで……動悸に効く薬はあるかの?最近、階段を登ると、動悸が厳しくてのう……」
「さっきのアコニチンっていう毒を薄めて飲めば、かなり効くわよ?用法用量を間違えると、それはもう、天にも昇るような思いをすることになるけどね?」すっ
「……いや、できれば多少用法を間違えても、死なんやつが欲しい」
素敵な(?)笑みを見せながら、茶色い瓶を手に取るグレーテルを前に、申し訳なさそうに肩を落とすスミス。そんな彼は、自身の発言に後悔していたに違いない。
それから来客3人組が、小枝の朝食を摂るために家の奥へと消えた頃、倉庫に行っていたテンソルが戻ってくる。彼女はグレーテルに言われたとおり、真っ黒な瓶に入った薬を、小枝謹製の冷蔵庫に仕舞い込んでから、グレーテルの側へとやってきた。
「終わったのだ!」
「あぁ、ありがと」
「…………」ぱたぱた
「……?」
「…………」ぱたぱた
「(……犬?)」
まるで飼い主に褒めて貰えるのを待つ犬のように、尻尾を振りながら自身のことを見上げてくるテンソルを前に、グレーテルが眼を泳がせて……。そして、テンソルの頭を撫でるべきか否かを悩み始めた頃。
カランコロン
彼女の薬屋に、今度こそ、正真正銘の来客がやってきたようである。
アコニチン:神経細胞のナトリウムイオンチャネルを活性化
テトロドトキシン:同じくナトリウムイオンチャネルを抑制
同量を摂取した場合は、テトロドトキシンの方が先に代謝されるゆえ、そのうちアコニチンの効果の方が支配的になるのじゃ。




