19日目午後-07
「我も、コエダ様の巣に住まわせては貰えぬか?」
その言葉を聞いた小枝が、自身の耳を疑う——ようなことはなかった。何となくテンソルが、近いうちに木下家に住みつくような、そんな予感を抱いていたからだ。小枝の予想としては、もう少し先のことになりそうだと考えていたので、その点においては予想外と言えなくなかったものの、だからといって取り立てて驚くほどの事でもなかったようである。
そんな小枝の返答は、最初から決まっていた。
「えぇ、良いですよ?ただし、一つだけ条件があります。先ほど言いましたとおり、ノーチェちゃんに色々と教えてあげて欲しいのです。そして出来れば、ノーチェちゃんだけでなく、我が家にいる他のメンバーたちにも」
テンソルの種族名はエンシェントドラゴン。その名は伊達ではなく、長い人生の中で、人には到底考えも及ばないような様々な経験をしているはずだった。その知識をノーチェやカイネ、アンジェラ、あるいはアルティシアなどにも教えて欲しい……。小枝はそんな期待を抱いていたのだ。
ちなみに、その場に居合わせた者の中に——、
「ズルいわ!なら私も住m——」
「カトリーヌさんは自宅があるので我が家に住む必要ありませんよね?部屋も限られているのでお断りします」
「 」ちーん
——テンソルが木下家に住むことに異論を唱える(?)者もいたようだが、まぁ、彼女の事は置いておくとしよう。
話を戻して……。小枝に同居の許可を取り付ける事ができたテンソルは、古龍という名前とは裏腹に、見た目通りの少女のごとく小躍りして(?)喜びながら、他のドラゴンたちに対して指示を出した。
「皆の者!今聞いたとおりなのだ!我は今日より、コエダ様の巣に移る!結納品は後日、コエダ様の巣……いや我が家にとどk——」
「やはり先ほどの言葉は撤回しましょうかね……」
「……今のは冗談なのだ!皆の者!……指示は追って出す」
と、直前とは打って変わって、神妙な面持ちで前言を撤回するテンソル。他のドラゴンたちも、空気を読んだらしく、余計な事は言わずに口を閉ざした。どうやらドラゴンという生き物は、空気が読める生き物らしい。とはいえ、彼女たちの自重は、それほど長く続くものでもなかったようだが。
「さぁ、小枝様?巣に行こう?巣に行こうなのだ♪」ぱたぱた
「……あまり勘違いされるような事を口走りますと、同居しているアルティシアちゃんに何と言われるか分かりませんから、発言には注意して下さいね?」
「んぐっ!そ、そういえば彼奴がおったな……(彼奴、怖いからのう……。どうにか彼奴をギャフンと言わせて黙らせる方法はないものか……)」
テンソルは内心で頭を悩ませた。彼女にとってアルティシアとは、ある意味、天敵。到底、人のものとは思えない、莫大な魔力を遠慮無く振りかざしてくる仇敵のような存在だった。アルティシアがいる限り、自分の計画は上手くいかない……。テンソルはそんな確信すら持っていたようである。
その結果、テンソルは、アルティシアに対して対抗心のようなものを燃やしたようだが、家主たる小枝がそれに気付くことは無く……。テンソルはこの日から木下家で暮らしつつ、アルティシアへの対応を悩むことになったのであった。
◇
そして、その帰り道。
太い尻尾を嬉しそうに左右へと揺らしながら、先頭を歩いて行くテンソルに対し、小枝が呆れたような視線を向けていると、おもむろに隣から声が飛んでくる。
「……お姉ちゃん?」
その声はノーチェだった。彼女は黒板を使わず、どこか寂しそうな声色で、小枝に対し問いかける。
「ノーチェ……お姉ちゃんたちと一緒にいたら、ダメ?」
どうやらノーチェは、小枝に見捨てられるのではないかと心配しているらしい。それほどまでに、小枝の何気ない発言は、ノーチェの心に突き刺さっていたのである。
対する小枝に、ノーチェを見捨てるなどという考えは毛頭無かった。たとえ忙しくなったとしても、彼女は可能な限り、ノーチェと一緒にいるつもりでいたのだ。
しかし、それはノーチェの希望とは大きく異なるものだった。小枝はノーチェを保護対象として見ている一方、ノーチェはどうにかして小枝の力になりたいと考えていたからだ。
ノーチェが自身に向ける真っ直ぐな視線を見て、小枝は考え込んだ。……ノーチェはなぜ悲しそうな表情を浮かべているのか。彼女は自分に何を求めているのか、と。
その結果、小枝は——、
「……カトリーヌさんとテンソルさんは先に帰っていて下さい。ちょっとノーチェちゃんとお話があるので」
——共に歩いていた2人を先に家へと返し、ノーチェと向き合うことにしたのである。
眠っ……zzz。




