3日目-16
そして夕方ころ。ブレスベルゲンの商業は、完全に麻痺していた。それもそのはず——、
「お、俺は無実だ!えん罪だ!」
「あの嬢ちゃんの勘違いだ!」
「そんなこと、言うはず無いだろ!」
——商店街にあった店から、店員という店員が、全員騎士団に連行されたからだ。
彼らが集められていたのは、騎士団の詰め所にあったホールの中。そこでは状況が飲み込めない店員たちが混乱して、騒ぎ立てていたようである。
そんな状況の中で——何の前触れもなく、小枝の上映会がスタートする。
『あの……その道具袋がほしいのでs』
『お前に売る者はねぇよ!しつこいガキだな!帰れ!』
その瞬間、皆が唖然とした。宙に浮かぶスクリーンに、知人の店員が暴言を吐く姿が映ったからだ。直後、1人の店員が項垂れて、騎士に連行されていく。
そして、それと同時に、彼らは理解する。……これはある意味で、公開処刑のようなものなのだ、と。
『この剣をください』
『すまねぇな。これは買い手が付いているんだ』
『では、こちらの剣は——』
『こっちもダメなんだ』
『そうですか、では特注で——』
『お前な……いい加減、空気読めよ。お前に売る者はここには無えっつってんだよ!』
そしてまた1人。店員が地面に崩れ、騎士に連行されていく。罪状は、冒険者である小枝の活動を正当な理由も無く妨害したという罪。国家反逆罪として裁かれることも然る事ながら、そもそも12歳くらいの見た目でしかない少女に対する仕打ちとして異常としか言いようのないものだった。
そのことを本人たちも分かっていたのか、皆、証拠を突きつけられた後は大人しくなり……。誰一人として、反論も言い話も言うこと無く、騎士たちに連れていかれたようである。
そんな公開処刑も続き残すところ2人。ゲートリーとヴァンドルフだけになった。
この時点で、彼らはまるで魂が抜けたかのように真っ白になっていたようである。実際、ゲートリーの頭にあった毛は、この短い時間の間に白く染まりつつあって……。ヴァンドルフに至っては、そもそもからして毛が無くなりつつあったようである。
そんな彼らの前に、小枝は不意に現れると……。驚愕の視線を自分に向ける2人に対し、淡々と事実を指摘し始めた。
「これまでの調査によって、商業ギルドのギルド長から私の活動に対して妨害をするよう指示が下されたと判明しています。……貴方からですよ、ヴァンドルフさん」
「…………」
「弁明は?」
「……ございません」
「分かりました。……そういうことらしいですよ?グラウベルさん」
「……分かった。ならヴァンドルフ氏は今夜にでも処刑することにしよう」
「んなっ?!」
グラウベルのその言葉を聞いたゲートリーは、思わず声を上げた。なにしろ彼は、ヴァンドルフが無関係であることを知っていたからである。
「ん?どうしたのですか?ゲートリーさん。何か言いたいことがあるなら仰って下さい。今ならまだ可能ですよ?」
「旦那様は無関係だ……」
「はて……どういうことなのでしょうか?」
「旦那様は無関係なんだ!すべて私が独断で行った事で、旦那様は何も知らなかったんだ!」
ゲートリーは最後の力を振り絞るかのようにして声を上げた。自分の過ちによって、恩人あるいは恩師とも言えるヴァンドルフのことを、死に追いやる訳にはいかなかったのだろう。
しかし、それでも、小枝の表情は変わらない。
「そうですか。ではヴァンドルフさんはやはり死刑ですね」
「だから、旦那様は——」
「会頭にしても、ギルド長にしても、その椅子には常に責任の2文字がついて回ります。何の責任か……信用を武器にして戦っている商人なら、よく分かっているのではないですか?まぁ、分かっているなら、今回のような間抜けな真似はしなかったと思いますけれど」
そう言って小枝は溜息を吐いた後、ゲートリーに向かって問いかけた。
「さて、貴方にも聞きましょう。弁明はありますか?」
その問いかけに対し、ゲートリーは言い訳を口にすることはなかった。ただ、最後に、商人としての意地が彼の口を動かしたのか——、
「…………ありません。貴女様の仰る通りです……」
——小枝の言葉を肯定した。
その様子を見た小枝は、再び大きな溜息を吐いた。ただそれはすべてが終わった事に対する溜息ではない。むしろ逆で……。
「これでようやくランクアップできます……」
彼女の目的——冒険者ギルドでのランクアップ試験は、ここからが始まりだったのだ。
「「……えっ?」」
「落ち度を認めた貴方がたを告訴するつもりはありません。今、貴方がたを全員残らず罰するようなことをすれば、このブレスベルゲンの町はガタガタになって、大変な事になってしまうことでしょう。今後、同じ事をされないと確約していただけるのでしたら、私が受けた損害を補填する程度で、目を瞑ります。……如何ですか?お互いにとって、悪い結末ではないと思うのですが?……あぁ、いえ、もちろん死刑でも構いませんよ?」
「「それでお願いします!」」
「そうですか、残念です。死刑をお望みですか……」
「「違っ!」」
と、声を揃えて否定するヴァンドルフとゲートリー。その様子には、グラウベルたちも、思わず目を細めていて……。これで事態が終わりそうだったことに、騎士たちは皆、安堵していたようである。
こうして商業ギルドの問題を片付けた小枝は、事態の収拾を伝えるべく、冒険者ギルドへと戻ることにしたのあった。
こんなランクアップ試験、いったい誰が合格できるのじゃろうか……。
じゃが、試験というのは、往々にしてこんなものではないかと思うのじゃ。
まさに、人生ハードモードなのじゃ?