3日目-15
ギルドを後にした小枝の姿は、再び商店街にあった。彼女はそこにあった店々に向けていた目を細めると——
「さて……じゃあ、言質を取りに行きますかね」
——最初の1店目に向かって、足を進めたのである。
◇
彼女が最初の店に入ってから2時間後。ニルハイム商会の会頭室では——
「貴様!何をしたのか分かっているのかっ?!」
ドシャンッ!!
——普段言葉が少ないはずのヴァンドルフが、怒りで我を忘れるほどに憤っていた。彼が怒りを向けていた相手、それは——、
「お、お待ちください!旦那様!」
——ニルハイム商会の若頭を務めていたゲートリーだった。朝方、小枝に声を掛けて、そして彼女に嫌がらせをするよう指示を出したその当人である。
「何を待てというのだ!ワシが納得できる説明を、お前が出来るとでも言うのか!」
「お、落ち着いてください!旦那様!なぜそんなにも慌てておられるのでs」
「黙れ!」
ドシャンッ!!
「ひっ?!」
「貴様は……貴様は最悪の相手に喧嘩を売ったのだ!」
「さ、最悪の相手というのは何なのです?!まさか、あのような小娘ごときが最悪というのd」
「うるさい!黙れ!」
怒り狂ったヴァンドルフは、しかし顔を真っ青にしながら、部屋の中にあった戸棚から長剣を取り出すと——、
ジャキンッ!
——それを手に取ってゲートリーへと迫った。
「もはや、損害を最小限に抑えるには、貴様の首をコエダ様に差し出すしかない!」
「なん……なんで……」
「貴様が喧嘩を売った相手はな……一撃で冒険者ギルドの中にいた冒険者たち全員を制圧した化け物なのだぞ?どんな力を持っておるかも分からんそんな化け物が、今や当会だけでなく、商業ギルド、引いてはこの町にある商店すべてを敵と見なしたのだ!」
「えっ……」
「この責任、もはや死を持って償うほかあるまい……。ワシにも此度の責任があるだろう。せめて、貴様の命を奪って、牢獄に入るくらいの——」
と、ヴァンドルフが口にした時のことだった。
ダンダンダンダン……ズドンッ!!
会頭室の扉を乱暴に開けて、外から鎧を纏った男たち——騎士団一行が入ってくる。
その様子を見たゲートリーは、安堵したようだ。今にもヴァンドルフが斬り掛かろうとしていたところに、それを止めてくれる騎士たちがやってきたのである。この時、彼は、助かった、と思ったに違いない。
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間、彼の心情は、再び奈落の底へと突き落とされることになる。
「商業ギルド長ヴァンドルフ!並びに、ニルハイム商会ゲートリー!貴様らには国家反逆罪の疑いが掛けられている!大人しく同行しろ!」
その言葉に、ヴァンドルフもゲートリーも悟ったようだ。……すべて、遅すぎた、と。
◇
時は少しだけ遡る。
小枝は商店街に並んでいた店を回っていた。ただし、道具屋だけではない。開店している店、すべてである。
そこで彼女がしたことは至極単純。何でも良いので買い物をすることだった。
しかし当然、商業ギルドからはお達しが出ており、彼女のことを邪険に扱ったり、あるいは品物があっても買い手がいるため売れないと言って断る店しかなかった。そのうちの後者の場合は、真っ当らしい理由が聞かれなくなるまで粘って……。結局、小枝はすべての店から、強引に追い出されてしまうか、不条理な理由を突きつけられることになった。……まぁ、それこそが、小枝の思うつぼだったのだが。
彼女はその足で、騎士団の詰め所へと向かった。そしてそこで、「昨日、吹き飛ばして昏倒させてしまった騎士団長のグラウベルの見舞いをしたい」と告げて、彼に面会を果たす。なお、彼女の手には、件の高性能な傷薬が握られていて、それがグラウベルへの手土産だったようだ。
「さらさらさら〜」
「いやいや、そんな粉が効くわけ…………?!」がくぜん
「どうです?すごく効くでしょう?」
「何だこの薬は……痛みが全部なくなったぞ?!まさか危ない薬か?!」
「いえいえ、ただの回復薬です。私が作ったんですよ」
「し、信じられん……」
捻った足首から急速に熱が消え失せ、痛みも一気に無くなっていく……。その異常な回復速度を体験したグラウベルは、信じられないものを見るかのような視線を小枝へと向けた。
そんな彼の反応に、小枝は目を細める。……それはもう、ニヤリと、人の悪そうな笑みを。
「な、何だ?」
「いえいえ。せっかく元気になられたのですから、一仕事していただけるかな、と思いましてね?」
そして小枝は、計画を次の段階へと始める。虚空にホログラムの映像を表示したのだ。
「なん……だ……これは?!」
「あー、これですか?魔法です。光魔法を極めるとこうなるんですよ」しれっ
「見たことも聞いたことも無いぞ?!光魔法でこんなことができるなんて……」
「そうですかー。まぁ、そんなことはどうでも良いのです」
「ちょっ……」
「さぁ、見ていただきましょう。今日1日、私がどんな目に遭ってきたのかを……」
小枝は商店で見てきた光景と音声を、超高画質で再生し始めた。その没入感は、まるで本人がそこにいるかのようで——、
『出ていけ!クソガキが!』
『お前に売る品はねぇんだよ!帰りな!』
『しつけぇな!衛兵呼ぶぞ!衛兵!』
「…………」あぜん
——店員たちの粗暴な振る舞いに、グラウベルは思わず言葉を失ってしまったようだ。
「酷いですよね、この店主さんたち。それで、グラウベルさん?ちょっと騎士団の方々にご協力していただきたいことがあるのですが……」
こうして小枝は、自身の計画に騎士団を巻き込み……。いよいよ計画のフィナーレへと入っていったのである。
滅びるが良い!的な。