19日目午前-14
「(あぁ……あ゛づい゛ですわ……。身体中に毛が生えた上から服を着ているのですもの、暑いに決まってますわよね。あぁ、服を脱げたらどれだけ心地よいか……うん?よく考えてみたら、服を脱いでも、分厚い体毛が生えているのですから、見られて恥ずかしい部分は隠れているのではないかしら?……いやいや、待つのよエカテリーナ!それって一歩間違えたら、単なる痴女じゃない!)」
全力疾走を終えたエカテリーナは1人悩んでいた。獣人化した彼女は、人の姿に変身すると体毛の生えていないノーチェとは異なり、全身に毛が生えた所謂ケモナー状態。毛の上から服を着ていたので、暑くてたまらず……。本気で服を脱ごうかと考えていたようである。
しかし、彼女はそれと同時に考えた。……もしも今の獣人化した状態が、意図しないタイミングで急激に解けるようなことがあれば、いわゆるスッポンポンの状態になるのでないか、と……。
結果、エカテリーナは、暑いのを我慢して服を着続けることにしたようである。そんな彼女は、この時、こう考えていたようだ。……もしも次、獣人化することがあったなら、そのときは薄着か、服を脱いでも恥ずかしくない何か対策をしてこよう、と。まぁ、恥ずかしくない対策というものを考えれば考えるほど、逆に恥ずかしい格好しか思い浮かばなかったようだが。
エカテリーナが、自分のあられも無い姿を想像して、1人恥ずかしがっていた一方。ノーチェの表情は真剣そのものだった。彼女の手に握られていたのは、文字通りの真剣——というわけではなかったものの、模擬試合のための木剣が握られていて……。これから行われる試合を前に、緊張が隠せない様子だった。
普段、武器を持ったことの無い彼女が、何故、武器を持って騎士の訓練に飛び入り参加したのか。その理由はなにも興味が湧いたから、という単純なものだったわけではない。数日前、彼女は、王都の近衛騎士から一方的に暴行を受けて、反撃することができなかったのである。そんな自分が嫌で、二度と同じ状況に陥らないようにと、ノーチェは剣を握って訓練をすることにしたのだ。
ただ、そんな事情を知らないスミスとしては、6歳児でしかないノーチェに、木製とは言え剣を握らせるというのは気が進まなかったらしい。彼は何度となく、ノーチェに確認を取る。
「ノーチェ嬢よ。本当にいいのだな?怪我をするかも知れぬのだぞ?」
「……問題無い」
「……分かった。おい、グラウベル!お前が相手をしてやれ。分かっておると思うが、くれぐれも怪我をさせるようなことをするなよ?儂らの飯が無くなるからな?」
「……善処はする」
アリスとの一戦を終え、木陰で休憩していたグラウベルは、スミスに声を掛けられて、渋々ノーチェの所へとやってきた。彼としては、ノーチェを相手に模擬戦を行いたくなかったようである。何となく嫌な予感しかしなかったからだ。
結果、彼は不安を拭うべく、試合を始める前に、ノーチェへと確認を取った。
「念のため1つ……いや、2つ聞かせてくれ。どうしてノーチェちゃんは、模擬試合に参加したいと思ったんだ?」
「……もう負けられないから」
「あぁ……事情はよく分かった」
ノーチェが近衛騎士から暴行を受けた日、意識を取り戻した彼女は、騎士の格好をしたグラウベルに襲い掛かったのである。そのせいで、グラウベルはノーチェが近衛騎士から暴行を受けたことを知っていて、彼女が何故剣を取ろうとしているのかも、すぐさま理解できたようである。
「じゃぁ、もう一つ。……模擬戦では、魔法の使用は禁止だからな?」
「……えっ?」
「いやいや、当たったら死ぬだろ。それは模擬戦じゃなくて、決闘だ」
「じゃぁ決闘で」
「ちょっと待て。まさかノーチェちゃんは、俺に恨みでもあるのか?」
「…………?」
「……はぁ」
模擬戦と決闘の意味をよく理解していない様子のノーチェを前に、深く溜息を吐くグラウベル。それから彼は、模擬戦のルールをノーチェに説明し、彼女がよく理解したことを確認した上で、再び木剣を構えた。対するノーチェも、自分の身長と同じくらいの長さはありそうな木剣を両手で構える。
そして——、
「では双方、準備は良いな?……試合開始!」
——スミスの掛け声を皮切りに、ノーチェ対グラウベルの模擬試合が始まった。




