3日目-14
ギルド職員の1人——具体的にはトーマスが、恐る恐る小枝の解毒薬を口に含む。小指の先に薬の粉を付けて、それを舌の上に運び、そして——、
「……あっ、これヤバっ」
——その効果を体験した。彼は、昨日、某人物から多大なストレスを受けて、その逃げ場所をアルコールに求めたのである。結果、彼は二日酔いに襲われていて、人知れず頭痛に苛まれていたわけだが——、
「どうした?トーマス」
「二日y……頭痛が綺麗さっぱり消えたんですよ。何だこの薬……」
——その言葉通り、まるで魔法のように、二日酔いが消えてしまったようである。なお、一般的な魔法では、二日酔いを中和することはできない。
「ってことは、これ本物か?」
「もしや回復薬の方も——」
今度はダニエルが、ナイフで親指の腹を傷付けた。そこには、拇印を取ってきたためか、古傷が残っていて……。現代世界の日本人が見れば、思わず眉を顰めてしまうような傷だらけの状態だった。
そこにダニエルは傷薬をまぶしたわけだが、次の瞬間——、
ジュッ……
「っ?!……何だこれは!」
——まるで逆再生でもしているかのように、傷口が消え、そこに傷の無い綺麗な皮膚が戻ってくる。しかも、元々残っていた古傷の後すら消えてしまったようだ。
ギルド職員たちの間で、驚きが広まっていく様子を、小枝は満足げに眺めていたようである。それから頃合いを見計らって、彼女は職員たちに向かって再び話し始めた。
「さぁ、効果は確認して頂けましたでしょうか?私の計画には、皆様のご協力が必要になります。もちろん、一人で進めることも出来ますが、それではギルドに儲けが出ず、広告としても使う事はできません。そればかりか、この町の製薬産業が多大なダメージを受けるだけ受けて、衰退していくことになるでしょう。しかし、私は、この町事態には打撃を与えたくはないのです。ですから、これは私からのお願いです。どうか皆様、私にご協力いただけないでしょうか?」
小枝のその言葉に、職員たちは顔を見合わせた。彼らの中には元冒険者もいて、小枝が作った薬の効果がどれほどに素晴らしいものなのか、古傷の痛みを思い出すほどに理解していたのである。……この薬があれば、あのとき大切な仲間たちは死ななくても済んだのではないか。そして、これから先、同じような悲劇を起こさなくても済むのではないか、と……。
ただ、話はそう簡単なものではなかった。小枝の提案の問題点をダニエルが指摘する。
「待ってほしい、コエダ様。冒険者たちの生命を救えるという意味では、協力することも吝かではない。しかし、そんなことをしたら商業ギルドとの喧嘩になるどころか、回復魔法の管理を司る教会の連中とも関係が悪化する。……というか、戦争になる。このご時世、他国の動きも怪しいというのに、身内で争う訳にはいかないんだ。やるなとは言わないが……その……やるならその辺のバランスを考えた上でやってほしい」
「……ダニエルさん、初めて地が出ましたね?」
「し、仕方ないだろ……」
小枝があまりにも突拍子も無い発言を繰り返していたせいか、ダニエルは思わず敬語を忘れてしまったようである。それでも小枝の名前に"様"を付けていたのは、彼女に対する恐れのようなものを感じていたからか。
対する小枝は、ダニエルのその反応を、好意的に受け止めていたようである。明言はしなかったものの、敬語で話されるより、普通のしゃべり方で接して欲しかったのだ。
それから彼女はニッコリと笑みを浮かべてから……。ダニエルの要求に対し、逆にこう言った。
「ではダニエルさん。貴方にお聞きします。今ここに、この町の商業を完膚なきまでに壊滅させることの出来る技術と知識、そして資金があるとしましょう。その上でどうすれば商業ギルドだけにダメージを与えることが出来るでしょうか?もちろん、ダメージを与えないという選択肢はありません。既にあちら側から宣戦布告を発せられたのですから」
「1人でやって欲しい……と言ったら、本当に取り返しの付かないことをするのだろう?」
「よく分かっているではないですか?」
「……分かった。それならこうしよう」
ダニエルの返答は早かった。……と言うより、最初から答えは出ていたようである。
「店での購入を断られたという証拠を持って、騎士団にいく。それが一番穏便で効果的だ。何しろ、国も領主も、冒険者のことを大切しろというお触れを出しているんだから、真っ当な理由も無く冒険者が不利益を受けているとなったら、タダでは済まないはずだ」
それを聞いた小枝は、目を細めた。頭の中で高速に思考していたのである。
そして3秒後。
「……分かりました。ちょっと行ってきます」
結論を出した小枝は、どこかへと行くことにしたようである。その際、彼女はダニエルに対し——
「あ、そうそう。依頼を出す件は、そのまま続けて下さい。それはそれで、計画を修正して続けようと思いますので」
——そんな言葉を残すのだが……。その発言の意図を理解出来なかったダニエルたちは、小枝がこの町の産業にダメージを与えることを諦めていないのではないか、と心配して、頭を抱えたとかいなかったとか……。