3日目-12
穴を掘り始めてから10分ほどしたころ。彼女の近くには、30cm程度のサイコロ状の塊が大量に置かれていた。金属的な光沢のあるその塊は鉄。小枝はその場にあった鉄鉱床を削り取り、大量の鉄塊を作り出したのだ。
赤い酸化鉄から純鉄を作り出せたのは、彼女が"能力"の一部を使った結果だった。対象の物体の温度を自由に変える力……。それが彼女のガーディアンとしての特殊能力だったのである。
小枝はそれを使い、鉄鉱石を加熱して融解させ、分子が構成できなくなるほど高温に加熱——つまりプラズマ化させてから、重力制御システムを使い、遠心分離機と同じ原理で、鉄の成分だけを抽出したのだ。抽出された鉄の純度は、この世界には存在し得ないほど高純度で……。鉄単体だけでも錆びないほどの純度を持っていたようである。
「材料はこんなものですね。動力は……まぁ、人力で良いでしょう」
小枝は材料の生成が十分だと判断するや否や、今度はそのサイコロ状の鉄の塊を人の姿のまま手で掴み、粘土細工のように変形させた。……否、その手の動きを粘土細工と表現するのは不正確。正しくはこう表現すべきだろう。まるで——工作機械のようだった、と。
彼女の特殊能力は大きく分けて2つ。対象の物体の温度を自由に変える能力と、物体を超高精度で加工する能力である。ようするに、彼女は、ガーディアンたちの中でも、モノづくりに特化した力を持っていたのだ。……尤もそれは本来の用途ではなく、本来の能力に付随する副次的な結果だったようだが。
小枝がその力を駆使して作っていたのは、何やら歯車の付いた臼や、複雑な形状をした管、あるいはグルグルと回る脱水機のような機能がついた複合的な装置。それが全部で10種類ほど。その様子からでは、何に使うのか見当が付けられない代物だった。
コエダはその1つに、手にしていたブレスヨモギを放り込むと、装置に備え付けられたクランクを手で回して——、
ゴリゴリゴリ……
ブォォォォン……
サラサラサラ……
「……うん。悪くない出来です。さて……そろそろ戻る頃合いですね」
——そう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
ギルドから出て、ここまでおよそ40分ほど。次なるステップへの準備が終わった小枝は、予告通り冒険者ギルドへと戻ることにしたようである。
◇
「……何を考えてるんだ。コエダ様は……」
「知らないわよ……」
小枝が残していった大量の薬草や香草を前に、新ギルドマスターのダニエルと、受付嬢のカトリーヌは、必死になって小枝の納品物の検収作業を進めていた。もちろん、他の職員たちも、小枝がその場にいなければ、どうにか業務は進められるので、皆で2人の事を手伝っていたようである。
「それにしてもさ……この依頼の達成速度、尋常じゃ無いわよね……」
「尋常なんて言葉、コエダ様に当てはまるとでも思っているのか?」
「全然。もう、なんて表現して良いのか分からないわ……。しかも、今だって、何かしようとしてるみたいだし……。何があったのかしら?」
と、カトリーヌが首を傾げた時のことだった。
「ギルマス!」
外からギルド職員の1人が戻ってくる。
「おう、どうした?トーマス」
「コエダ様が暴走してる原因が分かりました!」
「「…………!」」
「コエダ様……商業ギルドから嫌がらせを受けて、店という店で買い物が出来なくなっているみたいです!」
「「んなっ?!」」
トーマスと呼ばれたギルド職員の発言に、ダニエルもカトリーヌも耳を疑った。それと同時に、2人はある意味で感心もしていたようだ。……よく商業ギルドは、小枝に喧嘩を売れたものだ、と。あるいは——さすがは何でも売る商人たちだ、と思っていた可能性も否定はできないが。
しかし、すぐにダニエルは気を取り直すと、トーマスに向かって事情を問いかけた。
「……どういうことだ?」
「ど、どうも、コエダ様は、商業ギルドのギルマスから受けた会合の依頼を断ったらしいんです」
「……?いや、まさか、その程度の事で買い物が出来なくなるように手回しをされたっていうのか?」
「そのまさかです」
「は?商業ギルドのギルマスは……ヴァンドルフ殿だったか……。あの御仁がそんな愚かな選択をするとは思えんな……」
「えぇ。ヴァンドルフ氏は直接指示を下したわけではなく……上層部の誰が指示したようです。ただし、現時点では誰なのか分かっていません」
「誰だよ……そんな傍迷惑というか、命知らずというか、自殺行為というか……とにかく、大馬鹿野郎としか言いようがないことをした奴は……」
そこまでダニエルが口にすると、今度はカトリーヌが何かに気付いたように口を開いた。
「……あっ……ランクアップ試験……」
その単語に、ダニエルも反応する。
「うわ、マジか……」
「コエダ様、ランクアップ試験の品を買いに行って……買えなかったのね。だから……」
すると、再びダニエルが、トーマスに向かって質問する。
「どこかでコエダ様の買い物をさせてくれる店は無いのか?」
するとトーマスは首を振る。
「無さそうです。この町で商売をする以上、商業ギルドからの指示は絶対ですから。……というより、コエダ様、この町すべての道具屋に行って、実際に断られたようです。店主たちや客たちに言質を取って確認しました」
「……終わったな、この町の商業……」
「えぇ……さすがに同情しかできないわ……」
「……どっちに対する同情だ?」
「それはもちろん——」
と、カトリーヌが口にしようとした時の事だった。
ガチャッ……
「終わりましたか?」
話題の小枝がギルドへと戻ってきたようである。
加速する滅亡、なのじゃ。