18日目午後-12
「……この町には、恐ろしい御仁がおるのだな……」
「えっ」
「名を……そうだ。エカテリーナと申しておった。なにやら、"だいかーん"という二つ名があるらしい。意味は分からんが、なんとも強そうな二つ名なのだ」
「"だいかーん"……あぁ、代官のエカテリーナさんですね。しかし、彼女が恐ろしい……?いったい、どういうことですか?」
「さすがはコエダ様。あの程度の者の力では動じないのだな。我はまだ未熟。あやつ……一見してただの人にしか見えぬというのに、我のあずかり知らぬ力を振りかざしてきてな?我らドラゴンたちが住まう場所として、この町の地下に迷宮を作ろうと思ったら、それをただの一撃で破壊してしまったのだ」
「(迷宮ですか……。ゲームなどの物語に登場するあの"迷宮"に近いもの……いえ、そのものなのでしょうね。地下に作ると言っているくらいですし……)」
「まさか世界にあのような人間がおるとは思わなんだ。たまにはこうして巣を抜け出し、広い世界に目を向けるというのも悪くないかも知れぬ」
と、老人のようなことを口にしながら、感慨深げに頷くテンソル。彼女の見た目はノーチェくらい年齢にしか見えない少女だが、中身は正真正銘の老人だったせいか、その身体からは見た目にそぐわない哀愁が漂っていたようである。
そんなテンソルを前に、小枝は混乱が隠せない様子だった。ただし、テンソルの見た目と言動がマッチしなかったから、というわけではない。
「エカテリーナさんが、迷宮を一撃で破壊したという話については、私にも俄には信じられません」
小枝には、エカテリーナにそこまでの力があるとは思えなかった。……迷宮というものがどれほどの規模の構造物なのかは分からないものの、おそらくは核兵器でもなければ吹き飛ばせないくらいの大きさのはず。そんな巨大なものをエカテリーナが一撃で壊すなど可能なのか……。巨大なアリの巣のように地面の中に張り巡らされるだろう迷宮の姿を想像した小枝には、考えれば考えるほど、テンソルの話が受け入れられなかった。もしもエカテリーナにそのような力があるというのなら、2週間ほど前にブレスベルゲンが魔物たちのスタンピードに巻き込まれた際、小枝には何もする必要はなかったということになるのだから……。
結果、小枝が難しそうな表情を浮かべながら考え込んでいると、テンソルは何故か目をキラキラと輝かせながら、エカテリーナが迷宮を吹き飛ばした当時のことを話し始めた。
「あれはすごかったのだ!空から光の柱が落ちてきたと思うと、出来たばかりの迷宮を一瞬で焼き払ってしまったのだ。ほれ、あそこの地面に開いておる黒い穴。あれが、その時の攻撃の証拠なのだ」
「……こうして証拠を突きつけられてしまうと、信じるしかありませんね……」
真っ黒に焦げた大穴を見た小枝に、最早、エカテリーナのことを疑う余地は残されていなかった。そして小枝は断定する。
「エカテリーナさん、実はものすごくお強いのですね……」
と。なお、言うまでもない事だが、エカテリーナに自身に力は無く、迷宮を一撃で葬ったのは、キラの大出力メーザー砲である。
結果、小枝は勘違いして、エカテリーナの評価を上方修正するわけだが、その際、当然の疑問が彼女の中で湧いてくる。
「(でも、そうなるとドラゴンさんたちのお家は無い、ということになりますよね?どうしてドラゴンさんのお家になるはずだった迷宮を破壊してしまったのでしょう?もったいないとしか思えないのですが……)」
キラが迷宮を破壊した理由は、『小枝ならこう考える』と予想して行動した結果である。しかしどうやら、小枝に迷宮を壊すつもりは無かったらしい。ついでに言うと、彼女は迷宮というものに興味があって、一度は入ってみたいと考えていたようである。
ゆえに、小枝は、テンソルに向かってこう言った。
「……分かりました。迷宮については私からエカテリーナさんを説得するので、テンソルさんは新しい迷宮を作って頂けませんか?もしかすると、事前に説明が無かったために、却下されてしまったのかも知れません」
小枝の提案は、いわゆる2度手間。これがもしも小枝以外に言われたものなら、テンソルは憤慨していたか、あるいは頭を抱えていたか……。いずれにしても、断っていたに違いない。
しかし、相手は小枝。自分よりも強い相手。結果、テンソルは——、
「……コエダ様がそう仰るのでしたら、皆で魔力を集め合って、どうにかやってみようと思うのだ」
——小枝の申し入れを受け入れることにしたようである。
こうしてテンソルは仲間たちを集め、再び迷宮生成魔法を構築しようとするのだが……。このとき、遠くでテンソルたちの姿を見ている者がいることに、彼女たちは気付いていなかったようである。
さて、どうしたものか……。




