18日目午後-11
「…………」ずーん
帰宅してからというもの、アルティシアの表情は非常に暗かった。エカテリーナにクッキーを食べられたことが、存外にショックだったらしい。
そんな彼女の恨み辛み(?)はエカテリーナだけに向けられていたわけでなく、エカテリーナにクッキーを渡したグラウベルにも向けられていたようだ。そのグラウベルは、領主と代官の前ではただの弱者。ゆえに、2人の許可無くその場を立ち去る訳にもいかず、だからといって言い訳を口にすれば、また別の問題に発展する可能性を否定出来ず……。彼は部屋の片隅で、ただただ小さくなっていることしか出来なかったようである。
ところで、なぜアルティシアは、エカテリーナにクッキーを食べて貰いたくなかったのかというと、その理由は単純だった。
「まだまだね。触ったらすぐにボロボロ崩れてくるし、砂糖がかなり控えめだし、チョコの香りも足りないし……」
アルティシアが望む望まないに関係なく、エカテリーナから飛んでくる感想は、大抵辛辣なものしかなかったからだ。エカテリーナのために作ったわけでなく、その上、食べたら食べたで文句しか言われないのだから、エカテリーナに食べて欲しくないと思うのは自然な反応だと言えるだろう。
とはいえ、エカテリーナに対し、アルティシアが不満を口にすることはなかった。エカテリーナの指摘に悪意はなかった上、口論に発展したとしても、エカテリーナの正論を前に勝てる見込みはなかったからだ。……そう、エカテリーナの指摘は、単に辛辣なだけで、間違った事は何も言っていないのだから。
ゆえに、アルティシアは、大人しく、エカテリーナの指摘を受け入れる。
「……そうですか。次回のクッキー作りの際の参考にさせてもらいます」
「まぁ、頑張る事ね。あぁ……コエダ様が作られた美味しいクッキーが食べたいわぁ……」ぽっ
「…………」むすっ
アルティシアは頬を膨らませて、エカテリーナに対し背を向けた。彼女は、そのついでに、部屋の片隅で小さく震えていた小動物のようなグラウベルに向かってアイコンタクトを送り、そしてそのまま屋上に繋がる階段へと消える。ちなみにアイコンタクトの意味は"ついてこい"だが、副音声では恐らく違うことを言っていたに違いない。
結果、拒否権の存在しないグラウベルは、アルティシアに追従するように階段を上がっていった。その後、彼の姿を見た者はいない——とは言わないが、しばらくの間、彼は、アルティシアの前に立つとき、げっそりとした表情を浮かべ続けることになったようである。
◇
「あぁ!コエダ様!我らドラゴン、コエダ様の呼びかけに応え、ぶれす……ぶれ……ぶ、ぶれすべるげんに馳せ参じたのだ!」ずささー
ブレスベルゲンに戻ってきた小枝は、一旦、自宅に戻った後で再び外出し、町の外に集落を作ろうとしていたテンソルたちの所にやってきていた。せっかくブレスベルゲンに移住してきてもらったというのに、顔を出さないのはどうかと思ったらしい。
「これはテンソルさん。ようこそブレスベルゲンへ。どうです?ここで暮らして行けそうですか?」
小枝はニッコリと微笑みながら、駆け寄ってきた少女——人の姿に化けた古龍のテンソルへと投げかけた。
もしもテンソルが、ここでは生活出来ない、と言い始めたらどう対処すべきか……。ワーストケースを考えながら小枝が問いかけると、テンソルは当初嬉しそうに——、
「それは問題無いのだ。問題は無いのだが……」
——と答えるも、段々と表情が沈んでいく。
そして彼女はその理由を口にするのだが……。その内容は、小枝が思わず閉じていた目を開いてしまうようなものだったようだ。
領主「グラウベル。なぁ、グラウベル。お前……私が作ったエサを、エカ公に食わせたって話じゃねぇか?せっかく手前らの為につくってやったエサだってのに、何考えてんだ?」
グラ「?!」




