3日目-10
カランコロン……
「ご、ごめんくださーい……」
小枝は目に付いた道具店へと足を踏み入れた。彼女にとっては、この世界に来て初めて、店らしい店に入った瞬間である。
そのせいか彼女は非常に緊張したような面持ちだった。解放的な空間にある露店と、閉鎖的な空間にある商店とでは、心の持ちようが大きく異なっていたからだ。
そんな彼女の姿に——、
「いらっしゃ……」
——と、すぐさま、中にいた店員が反応するのだが……。
「出てっとくれ!」
「え゛っ?」
まるで小枝が来たことで気分を害したかのように、店員は彼女の事を追い返そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくだs」
「良いから出ていきな!出ていかないと衛兵を呼ぶよ!」
取り付く島もない様子でまくし立てる店員。
その結果——、
「……分かりました。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした……」
カランコロン……
——小枝は騒ぎになる前に、大人しく店から出て行くことにしたようである。その際、店の中にいた客たちが、小枝に対して様々な色の視線を向けていて……。中には、面白いものを見た、と言わんばかりの表情を浮かべている者もいたようである。
◇
「私……何かしましたっけ?」
小枝は何故、自分が追い返されなければならない理由が分からず、自分の行動を思い返して途方に暮れた。
「(この世界特有の儀式が必要だった……とか?)」
そう考えた小枝は、路地に入り……。そこから、同じ店に入る客の姿を観察を始めた。
「…………」
カランコロン……
「…………」
カランコロン……
「(……何もしていませんよね?店の中でのやり取りも、特に変わったことは無かったように思いますし……)」
X線を使って壁を透視し、高指向マイクを使って会話を盗聴しても、特におかしな点も気になる点も無く……。小枝は思わず首を傾げてしまう。
「(もしかすると、ただ単に虫の居所が悪かっただけかも知れませんね……。人なのですから、そういうこともあるのでしょう。まぁ、良いです。次の店に行ってみますか)」
小枝は頭を切り替えると、次の店に向かって歩き始めた。
そして間もなくして、すぐに道具屋らしき店に辿り着くのだが……。ここでも彼女は——、
カランコロン……
「ごめんくださーい……」
「いらっしゃ……帰りな」
「えっ?」
「帰れっつってんのが聞こえねえのか!この愚図!衛兵だ!衛兵を呼べっ!!」
「?!」
カランコロン……
——といったように、有無を言わさず追い返されてしまった。
「……なんか、泣きたくなってきたのですけど……」
初めてのことで緊張していたにも関わらず、最悪な対応をされて……。小枝は心に大きな傷を負ってしまったようである。
しかし、そこで終わらないのが小枝だった。彼女がここにいるのは、冒険者になって悠々自適な生活を送るためではなく、妹のワルツを探すためなのだ。この程度で負う心の傷など、彼女にとっては、かすり傷ですらなかったのだ。
「……次です!」
カランコロン……
「いらっs……店じまいだよ!」
「つ、次です!」
カランコロン……
「いらっ……衛兵だ!」
「うぐっ……つ、次です!」
カランコロン……
「帰れ!」
「えぐっ?!つ、次」
カランコロン……
「……出ていけ」
「な、何でですか?!」
入る店、入る店、すべての店で小枝に向けられていたのは、明らかな敵意。あるいは殺意と言っても過言ではないものだった。店員たちは、小枝を見るや否や、まるで犯罪者を見るかのように振るまい、彼女に一切取り合わないどころか、衛兵を呼ぶぞと脅してきたのだ。
個人店が不利益を被るような行動をしたつもりが無かった小枝は混乱した。原因に身に覚えが無かったわけではないが、昨日冒険者ギルドで生じた出来事は、すべて騎士団の名の下に解決したはず……。しかも、店員たちは今日初めて会った者たちばかり。原因が推測出来なかった小枝は、ついに心が折れそうになってしまったようである。
結果、彼女は店員に対して問いかけた。……なぜ自分は、初めて会う道具屋から、敵意を向けられなければならないのか、と。
しかしその問いかけの結果は、やはり彼女には理解出来ないものだった。
「うるせえ!お前みたいな奴を見てると虫唾が走るんだよ!良いから出ていけ!二度と来るんじゃねぇ!」
バタンッ!!
こうして小枝は、目に付いた道具屋すべてから追い出されてしまった。ここまでされると、いい加減、小枝としても鬱憤が抑えられなくなってきたようである。
「……良いでしょう」
焦げ茶色だったはずの小枝の目が、赤熱する金属のごとく真っ赤に輝く。彼女の周囲の大気が熱を帯びてゆらゆらと揺らぎ、彼女が抱える怒りを表現し始めた。
「意味不明な理由で私を邪険にするというのなら——」
そして小枝は冒険者ギルドの方へと身体を向けた。その直後、彼女は声のボリュームを最大限にして、町の1/4の範囲にいた全員に聞こえるように声を上げる。
《その仕打ち、私に対する宣戦布告と捉えさせて頂きます!》
バババババッ!!
彼女が吠えた途端、周囲の建物どころか、商店街全域の建物が振動する。窓ガラスから始まって、薬を保存していた瓶、引いては壺から武具まで、固いものはすべて、彼女の声が作り出す衝撃波に共振して揺れたのだ。中には割れてしまったものもあったようである。
しかし、それでも彼女が罰せられることは無かった。何しろ、彼女のその声は純粋な物理現象。魔法ではない方法で、しかも普通ではあり得ない方法で割ったために証拠が無かったのだ。
「…………」ゴゴゴゴゴ
吠えた小枝は、驚く周囲の者たちの視線を気にすること無く、真っ直ぐに冒険者ギルドへと戻って行った。彼女にはそこでやることがあったのである。……そう、人間アピールを一時的に止めてまでやらなくてはならない事が。