17日目午後-25
「うぅ……こ、ここは……」
「あぁ、リンカーン……お前、生きてたんだな。良かったぜ……」
「……?」
「お前、一時は死にそうになっていたんだぞ?だけどこの感じじゃ、お前もコエダちゃんたちに救われたんだろうな……。俺もいま起きたばかりだから、記憶は曖昧なんだが……」
「俺が死にそうに…………はっ?!」がばっ
意識が戻った瞬間、リンカーンは飛び起きた。床に寝かされていたためか、背中に鈍痛が走ったものの、その程度の事は、今のリンカーンにとって些細な事だったようだ。なにしろ彼の記憶は、憲兵隊に300億ゴールドを奪われたところで途絶えているのである。その事実は、商人たる彼にとって、ショックどころの騒ぎではなかったのだ。
「コ、コエダちゃん!それにアルティシア様!」
とにかく2人に謝罪をしなければならない……。横になっていたリンカーンは、一気に飛び起きたかと思うと、そのままの勢いで今度は土下座スタイルに突入した。
「300億ゴールドを憲兵隊に奪われた!俺のミスだ!」
リンカーンは床に頭を擦り付けるほどに、必死に謝罪した。300億ゴールドを奪われたことを土下座程度で謝罪しきれるとは思えなかったが、今の彼には謝罪する以外に出来る事が無かったのだ。
だが、この時、リンカーンの予想とは異なる出来事が生じる。彼の予想では、叱責か驚きか、そういった類いの声が、自分に飛んでくると思っていたのだ。しかし、実際に聞こえてきたのは、何故か苦笑の音だった。
「……?」
何かおかしいことでもあるのか……。そんな疑問を感じたリンカーンは、ゆっくりと顔を上げて、皆の反応を確認した。
その視線の先にいた小枝にもアルティシアにも、怒った様子はなかったようである。2人は元気そうなリンカーンの姿を前に、見るからに安堵したような表情を見せながら、返答の言葉を口にした。
「あぁ、良かったリンカーンさん。無事に目を覚まされたのですね。えぇ、事態は把握していますから、まだ安静にしていて下さい」
「既に国王陛下とは相談済みです。失われた分以上の支援をいただけることを確約しましたので、リンカーン様が気に病むことはなにもありません。頭を上げて下さい」
「そ、そうだったのですか……」
責任を感じていたリンカーンは、あまりに呆気ない展開に、素っ気ない相づちしか返す言葉が見つからなかった。そんな彼の気分としては、ある意味、浦島太郎と似たような状況と言えるだろう。なにしろ、気を失って起きたら、すべての出来事が終わった後だったのだから。
その結果、頭の中で大混乱状態に陥っていたリンカーンに対し、彼のことを救出したグラウベル——ではなく、グレーテルが事情の説明を追加する。
「あなた、一度死んだのよ?」
「……え゛っ?」
「アイテムボックスの中にあった300億ゴールドに押しつぶされてね?商人としては本望かしら?」
「あのとき尋問してたやつがアイテムボックスを壊したのは、やっぱり夢じゃなかったんだな……。じゃ、じゃぁ、俺はどうして生きてる?俺はあのとき、あの尋問官に斬られたはずだ。しかもその後でゴールドに押しつぶされたはず……」
「出発前にミサンガを渡したじゃない?身代わりのミサンガを、さ?」
グレーテルは以前、アルティシアたちのために身代わりのミサンガを作ったのだが、今回の紅玉売却作戦に参加したリンカーンやグラウベルたちの分のミサンガも作って渡していたのだ。どうやらミサンガによって、リンカーンの命は1度だけ救われたらしい。具体的なタイミングは不明だが、恐らくアイテムボックスから漏れ出たゴールドに押しつぶされそうになったその瞬間ではないだろうか。
「そ、そうだったのか……。助かった。このご恩、絶対に忘れません」
「いや、恩って言うなら、こっちだって、コエダちゃんたちのことを呼びに行くために、あなたたちに囮になって貰った貸しがあるわけだし……。そう考えれば、貸し借り無しじゃない?そう、あれよ!冒険者の同じパーティーとして、皆で力を合わせて依頼をこなしたようなものよ」
と必死になって貸し借り無しであることを主張するグレーテル。今まで1人で生活してきた彼女にとって、誰かと貸しや借りの関係を持つというのは、むず痒くなってしまうような事柄だったようだ。
対するリンカーンも、この時点ではもう落ち着いていたのか、グレーテルの内心を大体想像できていたようである。
「……ふふっ。分かりました。では、同じ"仲間"として、感謝の気持ちをお伝えさせてください。今は言葉でしか表現出来ませんが、その内、何かしらの機会で、感謝の気持ちをお返しさせていただきます。ひとまずは、ありがとうございました」
「べ、別に、救おうと思ってたわけじゃないし……」
そんなツンデレのテンプレートのような返答をするグレーテルを前に、リンカーンも、小枝たちも、皆が再び苦笑を浮かべてしまったようだ。
ただ、そんな和気藹々とした時間は、そう長くは続かなかった。心からの感謝の気持ちを口にするリンカーンだったものの、彼はある瞬間から、すぐにでも今の会話を中断して、別の事柄に意識を集中させたかったのだ。それはグラウベルも、あるいは他の者たちも同じだったようである。
鼻孔を支配する香しい匂い……。それだけで、リンカーンが何に気付いたのかは、敢えて言うまでもないだろう。




