17日目午後-21
「貴方の言い分は分かりました。……本当に300億ゴールドを用意していたのかどうかも分からない小娘たちの発言を信じ、受けた損害以上に補填しても良いから、この国を良くするために協力して欲しい、そう仰るのですね?たとえそれが民や仲間を裏切ることになったとしても、自らの信念を貫き通すことを優先する、と」
小枝はフューリオンの発言を要約して問いかけた。そんな彼女の発言は、フューリオンにとって意地の悪い発言と言うべきもの。しかし、彼女は、決して間違った事を言っているわけではなく、フューリオンの発言に含まれるリスクを強調して言ったものだった。
対するフューリオンは、小枝のその指摘を受けても、慌てず、取り乱さず、ただ静かに耳を傾けていたようである。それは無言の肯定。フューリオンのその反応を見た小枝は、少し考え込むように口を閉ざしてから……。アルティシアに問いかけた。
「どうやら国王陛下は、私たちのことを信じるつもりのようです。もしも私がアルティシアちゃんの立場にあったなら、何らメリットのない国王陛下の申し出は即刻お断りするところですが——」
「んなっ……?!」
「——アルティシアちゃんはどう考えますか?アルティシアちゃんは私ではありませんし、アルティシアちゃんなりの考えを持っているはずです。私はその考えを尊重します」
フューリオンの申し出を受けるのか、それとも否か。小枝はその決定を、ブレスベルゲンの総責任者たるアルティシアに一任することにしたようだ。小枝自身は、厳密に言うと、ブレスベルゲンの部外者どころか、この世界自体の部外者なので、最初から自分で決めようとは思っていなかったようである。
一方のアルティシアは、突然小枝に決定を一任されて戸惑っているかというと、そういうわけでもなかった。ここまでのフューリオンとの会話の中で、自分ならどちらの選択をするのか考えていて、既に答えは決まっていたのだ。
小枝はフューリオンとの協力を拒否する立場。それは、彼女の言葉通り、自分たちにメリットがないからである。圧倒的な力を持つ小枝らしい回答だと言えるだろう。
しかし、アルティシア自身や、彼女の周りにいた仲間たちは、小枝ほど膨大な知識も持ち合わせていなければ、絶対的な力を持っているわけでもない。そしてブレスベルゲンの人々は、ハイリゲナート王国にいる人々と、なにかしらの繋がりを持っているのである。それを考えるなら、ハイリゲナート王国と真っ向からぶつかって断交するよりは、フューリオンと共闘した方がメリットはあるのではないか……。それがアルティシアの考えだったのだ。
そこに問題があるとすれば、小枝の意見と真っ向から対立することだろう。ゆえに、この時点でアルティシアが考えていたのは、フューリオンと共闘関係を結ぶことで、小枝も得られる恩恵はないか、という点。しばらく悩んでいると、彼女の頭の中に、名案が舞い降りてきた。
「……分かりました。陛下と共闘しましょう!」
どこか嬉しそうにそう断言するアルティシアを前に、小枝は思わず眼を見開いた。アルティシアが殆ど悩むことなく共闘を選んだので、率直に驚いてしまったらしい。
対するフューリオンは、アルティシアの決断に顔を綻ばせるものの……。薄暗い部屋の中で開かれた小枝の眼が、赤く輝いている様子を見て息を吞み、再び黙り込んでしまう。
一方、アルティシアにとって、小枝の眼が光っているのは慣れ親しんだことだったためか、彼女まで閉口するようなことは無かった。アルティシアは共闘の理由を小枝に説明する。
「良い申し出だと思うのですよ、コエダ様。国王陛下の伝を使えば、例の件の情報収集も効率よく行えるのではないですか?」
例の件。そのオブラートに包まれた言葉が何を示しているのか、小枝はふと考えるものの、すぐに思い至ることになる。すなわち——妹のワルツの捜索だ。
「なるほど……。確かにそれは、国王陛下と共闘するに値しますね。私にも否やはありません。もとより、アルティシアちゃんの決定に反論を唱えるつもりはありませんが」
「……もしかして、コエダ様は、自ら決めるわけにはいかなかったので、私が決めるのを待っていたのですか?」
フューリオンの申し出を受ければ、妹の捜索が楽になるはず。そのことに小枝が気付いていないわけがない。にもかかわらず、小枝はなぜフューリオンの申し出を断ろうとしたのか……。その理由を考えたアルティシアは、一つの結論に辿り着いたようだ。すなわち——小枝には、私情を挟んでまで、ブレスベルゲンの未来を左右するつもりはなかった、いやできなかったのだろう、と。
「……さぁ?何の事でしょう?」
小枝は眼を閉じると、普段通りの笑みをアルティシアへと送った。
そして彼女は再びフューリオンの方に向き直ると——、
「さて、国王陛下。協力するにあたり、詳しいお話を詰めましょう」
——共闘の内容について、話し合うことにしたのである。
その際、フューリオンは、何かに驚いたようにして口をパクパクとさせていたようだが……。小枝にもアルティシアにも、その理由は理解出来なかったようである。
ようやく、アルティシア殿が小枝殿の役に立っているっぽい話が書けたのじゃ……。
この難しさ……なかなか伝わらぬのではなかろうか……。




