3日目-8
小枝がギルドを出て1時間後。彼女の姿は、再びギルドの中にあった。……そう、極めて短い時間の内に、2つの依頼を終わらせたのだ。
この時間帯になると、冒険者の数も大分減っていて、ギルドの中は朝に比べると、大分静かになっていたようである。まぁ、それでも、未だ20人ほどは、掲示板とにらめっこしていたので、静まりかえっていたというわけではないのだが。
「薬草の採取依頼と、香草の採取依頼を終えてきました」
「「「えっ……」」」
その途端、ギルドの中に、正真正銘の静寂が訪れる。
「……?何を驚かれているのですか?ただ草を刈るだけの簡単なお仕事ですよね?」
まるで、薬草採取と香草採取が草刈りと同等だ、と言わんばかりの小枝だったが、もちろん実際にはそんなことはなく……。薬草を採取するのも、香草を採取するのも、技術と知識が必要である。
しかし、小枝は本気で草刈りと同じだと思っていたらしい。なにしろ、森中をスキャンして、検索結果だけを視界に映すようにすれば、欲しい草しか見えないのだから。
そんな彼女に対応したのは、1時間前と同じくカトリーヌだった。
「そ、それでは、納品物を出していただけますか?」
「はい、これです」
ズドォォォォン!!
小枝はそこにあった麻袋をカウンターの上に置いた。その重さは昨日の倍。昨日は担当のダニエルがそれほど驚いていなかったので、もう少し(?)採取しても問題ないと判断したようだ。
「…………」がくぜん
「あの……」じとぉ
「……はっ!しょ、少々お待ちくださいませ!」
そう言うとカトリーヌは、その場から去って行った。カウンターの奥にあった扉から廊下へと出て、その先にいるだろう人物を呼びに行ったらしい。あるいは小枝の態度(?)に耐えかねて、逃げた可能性も否定は出来ないだろう。
ちなみに、本人には、脅しているという自覚はない。
「(ん?皆さんが私を見ている……?どうしたのでしょう。……まぁ、よく分からないですけど、取りあえず微笑んでおきますか)」にこっ
「「「ひっ……!」」」びくぅ
「…………?」
視線の合った職員たちに小枝が笑みを向けると、どういうわけか、皆一斉に、その場から逃げて、カトリーヌの事を追いかけていった。
彼らだけではない。職員たちの姿を見ていた冒険者たちも、皆、そそくさと建物から消えて——、
シーン……
「……もしや、私、皆さんに嫌われているのでしょうか?どうしてでしょう……あっ……なるほど。これがイジメですか……」
——ギルドの中には小枝だけが残されるという状況になってしまった。なお、原因は明らかなので、説明は省略する。
それから間もなくして、その場にダニエルがやって来る。彼はギルドの中を見渡すと、呆れたようにこう口にした。
「あの、コエダ様。また、何かされたのですか?」
「いえいえ、ここで待っている間、目のあった方々と軽く会釈を交わしただけですよ?……こんな風に」にこっ
「…………」ぶるっ
「…………?」
「そ、そうですか……。ほどほどにお願いします」
小枝の笑みを見た直後、なぜか顔を真っ青にして、俯きながらそう口にするダニエル。そんな彼の反応と返答が、小枝としては納得できなかったものの……。ダニエルが納品物の検品を始めた様子を見て、余計な言葉は心の中に仕舞っておくことにしたようである。
「これまた随分と……」がさごそ
「随分?」
「えぇ、これほどまでの量の薬草を納められる冒険者は、コエダ様以外にはいませんから」
「えっ?」
「もしや、こちらの袋の中には香草が……?やっぱり……」がさごそ
「(もしかして私……やってしまったのでしょうか?)」
ダニエルの反応を見た小枝は、内心で後悔した。今になって納品物の量を増やしすぎたことに気付いたのだ。
ゆえに、彼女は恐る恐ると言った様子で、ダニエルへと問いかけた。
「……ちなみにですが、一般的にはどのくらいの量の薬草や香草が納められるものなのですか?その……1人辺り」
「そうですね……薬草の場合、多くて3kg。香草の場合も、大体同じ位だと思います」
「そ、そうだったのですか……」
「えぇ……それも1日いっぱい掛けて……」
「……そ、そうだったの……ですか……」げっそり
そして小枝は、内心で頭を抱えた。
しかし、覆水が盆に返るわけもなかったためか、小枝はそれ以上、悩むのを止めたようである。むしろ、開き直ってすらいたようだ。……もう、このまま、この町の周辺の薬草をすべて刈り取ってやる、と。
彼女がそんなことを考えていると、ダニエルが袋の中に向けていた視線を上げて、こんなことを言い始めた。
「コエダ様。これほどの量の薬草を刈られたのですから、次のランクに上がる試験を受けて頂くことになりそうです。というよりも、お願いですから上がってください」
「えぇ。昨日も言いましたが、正規のルールでランクアップ試験を受けるのは吝かではありません」
「いえ、私が言いたいことは、早く高いランクに上がって欲しいということではないのです。確かに正規のルールでランクアップ試験を受けて頂くことに違いはありませんが……このままコエダ様がFランクのままで活動されると、町の周辺から薬草が無くなって、同じFランクの冒険者たちや、子どもたちが大変な目に遭いそうなので……」
「そ、そっちの話ですか……」
薬草にしても、香草にしても、あるいは農家の数にしても、無限にあるわけでなく有限なのである。そんな環境の中で小枝が全力で活動し続けるとどうなるのか……。もはや火を見るより明らかだった。
こうして小枝は早々に、Eランクのランクアップ試験を受けることになったのである。
「ここまま活動されると町が滅びるので、早くランクアップしてください!」(ダニエルの内心)