17日目午後-09
「魔法を……教える……」
エカテリーナに助言を貰ってからも、アルティシアはどこか上の空、といった様子だった。本当に小枝に対して魔法を教えても良いのか、今さらになって悩んでいたのだ。もしも本当に小枝が魔法を使えないのなら問題はないが、普段は何か事情があって魔法を使っていないだけで、実は使える、となった場合、自分の行動は無駄どころか、場合によっては釈迦に説法な状況になるかも知れない、と心配していたのだ。なお、言うまでもない事だが、小枝は単に魔法が使えないだけである。
「大丈夫でしょうか……」
アルティシアは可能性の低い"もしも"を考えて頭を悩ませた。提案の仕方を間違えれば、小枝に嫌われてしまうかも知れない……。彼女の頭の中で、ネガティブな思考がループする。
そんな悩みが溜息として口から漏れると、隣から厳しい指摘が飛んでくる。
「もう、さっきからなぜ溜息を吐いているのです?悩む時間があるなら、さっさとコエダ様のところに行って、用件を伝えてくれば良いではないですか。まったく……何を悩むことがあるのか、私には理解出来ないですね」
「はぁ……はい……」しょんぼり
結果、アルティシアは、これ以上無いほどにしょんぼりとした様子で、エカテリーナの指摘に相づちを打つと、ユラリと幽鬼のように席を立って、キッチンにいた小枝の所へと向かった。
そんなアルティシアの足取りは重かった。小枝に何と言えば良いのか、考えれば考えるほど、まるで足にロープでも絡みついているかのごとく、足取りが重くなっていくのである。
なぜ自分はこんなにも辛い想いをしなくてはならないのか。もっと効率の良い別のアイディアがあるのではないか……。自分の不器用さに頭を抱えながら、たった10mほどの距離を何秒も掛けてゆっくりと歩くアルティシアだったが、時間は常に無情。彼女は遂にキッチンへと辿り着く事になる。
この時、彼女の頭の中は、その髪の色と同じく真っ白だった。何を考えるにしても、席を立った瞬間から真っ白だったので、どんなに考えたところで白は白。彼女は、小枝の近くまでやってきたというのに、魔法を教えるという目的の"魔"の字すらすっかりと忘れていたようである。
しかし、いつまでも小枝の横で黙って立っているわけにはいかない、ということだけは理解出来ていた。このまま小枝を見つめ続けるようなことをすれば、変な人間だと思われて嫌われるかも知れない、という別の懸念が、アルティシアの頭の中に広がっていたのだ。結果、彼女は、遂に心を決める。
「(……ダメで元々!今さら何を悩むことなどあるのでしょう!当たって砕けろ、です!)」
アルティシアは玉砕を覚悟した。玉砕した結果、再起不能になるだろう未来の自分の事など考えずに……。
そして緊張しすぎて——、
「コ、コエダ様!す、す、すk——」
——予定していたものとは何か大きく異なる言葉を口走ろうとした、そんな時のことである。
バタンッ!
今まさに、人生の中で最大級の真っ黒な歴史を打ち立てようとしていたアルティシアのことを救うかのように、リビングへと誰かが飛び込んできたのだ。その人物は、ハイリゲナート王国全土で、紅玉を売りさばく手伝いをしているはずのグレーテルだった。彼女の真っ青な顔を見る限り、どうやら紅玉の売却作戦は上手くいった、というわけではなさそうである。
実際、彼女は、小枝を見るや否や、こんなことを口にした。
「ま、拙いわよ!コエダちゃん!最後の最後、王都の商業ギルドで紅玉を売ったところで、グラウベルやリンカーンさんたちが捕まったわ!国家反逆罪の疑いがあるって……」
その途端、ガタッ、と音を立てながらへたり込むアルティシア。そんな彼女の様子は、他の者たちから見る限り、あまりに大きなショックを受けて立っていられなくなったかのように見えていたが……。その本当の理由がショックを受けたせいなのか否かは不明である。
アル「コ、コエダ様!ス、ススキ!」
ノーチェ[ねこじゃらし!]
グレーテル「えっ?ツ、ツクシ?」
小枝「……何の話ですか?」




