3日目-6
すっかり空が明るくなって、太陽が昇り始めた頃。小枝の姿は町の中——より具体的には、冒険者ギルドの前にあった。
アルティシアの使用人たちが目を覚ます前に、小枝は彼女と別れたのである。その際、小枝は、廊下に転がっていた男たちを抱えて、一緒に領主の館から脱出したわけだが……。彼女は町へと持ち帰った男たちのことを、下水道に放り込んだようである。もしも彼らが兵士たちに見つかれば、死刑は免れないと考えて思わず助けてしまったものの、何も罰を与えずに男たちを助けるというのも如何なものかと思ったらしく……。彼女は自身が思う中で、最悪の助け方をすることにしたのである。なので、救い出した男たちに装備品は無い。まぁ、せめてもの情けで、下着くらいは返したようだが。
どうやら小枝は、自分が不審者だったこともあって、同じ立場にいた男たちに同情してしまったようである。これが人間なら、友人であるアルティシアを暗殺しようとしていた者たちを逃がすなどあり得ない、と切り捨てるはずだが、小枝は人間ではなくガーディアン。何度、アルティシアを狙われても、彼女の事を助ける自信があったらしい。……というよりも、小枝基準で見る限り、男たちの暗殺技術はあまりに拙く、助けられない方が難しいと判断した、と言うべきかもしれないが。
そんなこんなで、厄介事を下水道に流して……。今日も1日が始まった、というわけである。
「(さて、今日の目標は……Eランクに上がることです!)」
特別にCランクに上げてもらえる、という話を即答で蹴った小枝は、自らの力でEランクに上がるべく、今日も冒険者ギルドの扉を開いた。
「おはようございます!」ドンッ
「「「「?!」」」」びくぅ
勢いよく冒険者ギルドに入って小枝が挨拶をした途端、ギルドの中の空気が張り詰める——否、凍り付く。見えない弦のようなものがピーンと指で弾かれたように、冒険者たちの背中も、ピーンと伸びて、そのまま小さく震えだした。
「……おはようございます」ゴゴゴゴゴ
「「「「お、おはようございます」」」」ガクガク
小枝に向けられた挨拶を無視できなくなったのか、一斉に挨拶を返す冒険者たち。そこにはランクなど関係無かった。上から下まで押し並べて、皆が小枝へと挨拶を返した。
そんな者たちの中には、昨日の出来事を知らない者もいて——、
「なんだこのクソガキがっ!!」
——と声を上げて、小枝に絡もうとする人物が現れたようだが、小枝は特に気にする様子無く……。彼女はまったく相手をせずに、そのまま掲示板へと歩いて行った。
「無視してんじゃねぇよ!」ガッ!
ゆらり……
「?!」
異相空間を使って、うるさい冒険者を避けながら、小枝は今日もFランク専用の掲示板に目を向ける。
「(えっと、今日は〜……)」
小枝はめぼしい依頼書を掲示板から剥がすと、それをカウンターへと持っていった。この間も、騒がしい冒険者のことは一切無視。……というより、異相空間にいる彼女の視界に入ってすらいない。
彼女がカウンターに並ぼうとすると、そこにいた冒険者たちが、まるでクモの子を散らすように道を開ける。その結果、彼女は、並ぶこと無く、カウンターへと辿り着いた。……ちなみにこの辺りで、小枝に突っかかっていた冒険者は、異様な空気を察したらしく、後ずさりを始めたようである。
「すみません。この依頼を受けたいのですが……」
小枝はカウンターに依頼書を出した。するとそこに座っていたカトリーヌが、顔に笑みの仮面を貼り付けながら、必死に対応する。
「お、おはようございます、コエダ様。ギルドカードの提出をお願いいたします」
まるでマニュアル通りのような返答を口にするカトリーヌ。そんな彼女の普段の対応を知っていた冒険者たちは、驚愕の目を向けていたようだ。何しろ普段の彼女は、どこかぶっきらぼうで、まるでお役所仕事のような対応をしていたからだ。その変わりようには、皆が目を疑っていたに違いない。
対する小枝も、昨日のことについては、一切触れずに淡々とやり取りをしていたようである。そんな彼女たちのせいで、ギルドの中には、まるで一触即発とも言えるような殺伐とした空気が流れているかのように感じられ……。少なくない者たちが、胃の辺りを押さえていたようである。
なお、この段階で、小枝に突っかかろうとしていた冒険者は、自分のしたことに後悔を始めており……。顔を青ざめつつギルドから逃げ出そうととして——、
ズドォォォォン!!
——超重力に襲われ、床に叩きつけられたようである。それも、メキメキという音を立てながら。
「あと、こちらの依頼も受けたいのですが……」
「…………」あぜん
「……あの、聞いていますか?」
「……はっ?!あ、はい!こちらの依頼もお受けになられますのですね?!」
「……言葉遣いが気になりますけど、その通りです」
「しょ、少々お待ちくださいませ……」
カトリーヌは、小枝の依頼受注の手続きを進めながら、内心でヒヤヒヤしていたようである。急に地面に叩き付けられてミシミシと音を立てている大柄な冒険者の姿と、昨日の自分たちの姿が重なってしまい……。ここで粗相をしたら、小枝にどんなことをされるか分からない、と心配していたのだ。
ちなみに、小枝の方にそのつもりは無い。目には超重力を歯には制裁を、というスタンスを変えるつもりは無かったようだが、一旦終わったことをいつまでもネチネチ気にするような性格はしていなかったのだ。
カトリーヌたち冒険者ギルドの件については既に終わったこと。小枝としては攻撃の対象にはなり得なかったのである。……ただし、終わっていない事象に対しては、永久的に忘れるつもりは無かったようだが。
こうして彼女は、今日も、冒険者としての依頼を2つ受けることになったのである。
小枝殿の話を書いておると、なぜかテンションが上がるのじゃ。
自重せねば……。