16日目午後-06
「あぁ、それでしたら問題はありませんよ?お金ならいくらでも工面出来ますから」
小枝がそう口にすると、アルティシアが肩をピクリと震わせる。それから彼女は、すぅっ、と小枝の方を向いて、そこでピタリと固まると——、
「…………」ぶわっ
——突然、大粒の涙を流し始めた。
そんなアルティシアの反応には、さすがの小枝も驚きを隠せず、戸惑いの色を見せることになる。
「えっ……ど、どうかしたのですか?アルティシアちゃん。お腹でも痛いのですか?」
「うぅ……コエダ様ぁ……私は……私はコエダ様に頼りきりです……。こんな無力な私のことを、どうか嫌いにならないで下さい!」ぐすっ
「あぁ……なるほど……」
小枝は、アルティシアの涙の理由までは理解出来なかったものの、彼女が何を考えているのかは理解出来たようだ。……アルティシアは、自分に頼り切りになりたくないのだ。そして、頼り切りになる事で自分に嫌われるかも知れないと思っているのだろう、と。
ようするにアルティシアは、資金が無いと言った途端、すぐにポンと資金を出そうとしてくれる小枝に、申し訳なさを感じていたのである。せめてアルティシアから何かを返すことが出来ればまた話は別なのかも知れないが、今のところ、彼女が返せるモノは何一つとして無く……。アルティシアは、どうしようもなくなって、思わず泣いてしまった、というわけである。しかも、ブレスベルゲンの独立のきっかけは、アルティシアの暴走に少なくない原因があるのだから、なおさら彼女としては、自分がお荷物でしかないと思えてならなかったに違いない。
そんな彼女の複雑で重い悩みを、小枝が正確に理解出来ていたかどうかは不明である。……いや、彼女には理解できていなかったと断言していいだろう。何しろ彼女は、人間ではない上、つい最近まで人里離れた森の中に住んでいたのである。人間が持つ、複雑で、奇っ怪で、そして不可解な感情に接したのは、つい2週間前が初めてのことだったのだから。
とはいえ、小枝は、アルティシアの申し訳なさが理解出来ないほど鈍感ではなかった。彼女の申し訳なさをどうすれば軽減出来るか考えつつ、資金調達の方法を口にし始めた。
「まずは私の話を聞いてから、無力かどうかを判断して下さい」
「……はい……」ぐすっ
「資金調達の方法はいくつかあります。一つは、手形を発行するというものです。伯爵家の資産の売却に時間は掛かっても、いくらくらいの金額になるかは予想可能なはず。なので、1年後、2年後にいくらのゴールドを支払うという約束をしたためた手形を発行して、それを町の人々に買って貰うのです。多少の利子を付けておけば、それなりの数の人々が購入してくれることでしょう。町の中の人々だけで足りないなら、王都や別の町で発行しても良いかも知れません」
「あっ……。それなら私にも……できそうです」
「ですが……」
そして小枝は首を横に振りながら言った。
「今の案はあまり採用したくはありません。アルティシアちゃんが、ご両親、あるいはご家族と共に過ごした思い出を、無理矢理売却するというのは心が痛みます。元はと言えば、力の使い方について説明をしなかった私に原因の一端があるのです。可能なら、別の案の実施をおすすめします」
伯爵家の財産を整理すると言うことは、アルティシアが貴族をやめてただの町娘になるというだけでなく、家族との思い出も、イマまで暮らしてきた生家も、彼女がそこで生活していた証のすべてを売却するということなのである。それは余りに悲しい事ではないか……。小枝はそう考えたようだ。
結果——、
「うぅ……コエダ様ぁ……」ぶわっ
——アルティシアが感極まった様子で涙をぽろぽろと零し始める。
小枝はそんな彼女の側に近寄ると、その頬を流れる雫をハンカチでそっと拭ってから……。自分の事を、目と頬を真っ赤にしながら見上げてくるアルティシアに対し、資産を売却しなくてもいい案を口にし始めた。




