3日目-5
「……ふぁぁぁぁ……!」
生まれて初めてコーンポタージュを口にしたアルティシアは、この時、内心で、こう思ったようだ。……これが死か、と。
なお、言うまでもないことだが、もちろんそんなことはない。ただ単に、小枝が持ち込んだコーンポタージュが美味しすぎただけである。そう、まるで——今にも昇天しそうなほどに……。今までまともな料理を殆ど口にしてこなかったアルティシアにとっては、最後の晩餐のように思えていたに違いない。
その結果、半分魂が抜け掛かっていた(?)アルティシアに向かって、小枝は追い打ちを掛けることにしたようだ。
「スープだけではなくて、こちらもどうぞ?今のアルティシアちゃんの身体には、むしろこっちの料理の方が必要だと思います」
そう言って小枝が差し出したのは、BLTサンド。ベーコンレタストマトサンドイッチだった。
「あの……なんですか?これ……」
「食べ物です。食べると死ぬかも知れませんので、覚悟して食べて下さい」
「た、食べます……!」
アルティシアは、その言葉の通り、覚悟を決めたような表情を浮かべた。毒喰らわば皿まで……。まさにそんな心境だったようである。
「…………」はむっ
「……どうです?」
「…………!」はむはむはむっ
「……死にはしなさそうですね」
「……?!ケホッ!ケホッ!」
「(……死ぬとすれば、中毒死ではなく、誤嚥による窒息死でしょうね……)」
血相を変えてBLTサンドを口の中に詰め込んで……。そして咳き込むアルティシアを見て、苦笑する小枝。
その後、BLTサンド2型——ベーコンレタスタマゴサンドイッチも食べさせて、体調に変化が無い事を確認した後——、
「これがデザートになります」
——小枝は手のひらサイズのミカンを手で剥いて……。その中身の一切れを、アルティシアへと差し出した。
薄皮が付いたままのミカンを前に、GTMN料理が苦手だったアルティシアは少しだけ表情を曇らせる。繊維状のミカンの筋が血管のように見えたらしい。
しかし、彼女の食欲の前には、その程度の見た目など、些細なことでしなかったらしく——、
「……ではいただきます!」
——小枝の返答を聞いて、迷わずそれを口の中に放り込んだ。
「…………?!」きゅぴーん
「美味しかったのですね。はい、どうぞ」
「…………!」むしゃむしゃ
「……そんなに急いで食べたら、すぐに無くなってしまいますよ?」
「……あ゛っ?!」
夢中で食べたせいか、ミカンは一瞬で消え去り……。小枝が差し出した料理はすべて、アルティシアの身体の中へと消え去ってしまっていた。その事実に気付いたアルティシアは、それはそれは悲しげな表情を浮かべたようである。もっとゆっくり味わいながら食べれば良かった、と後悔しているらしい。
しかし、無くなったものは戻ってこないので……。アルティシアは話題を料理の内容へとシフトさせることにしたようだ。
「……先ほどの野菜を挟んだパンのようなものは何なのですか?食べたことが無い食感と味だったのですが……」
「あれはパンです」
「本当にパンなのですか?あれほど柔らかくて、もっちりとして、甘いパンなど……食べたことがありません」
「おそらく、材料的には、この町で作られるパンと大差は無いはずですよ?作り方が違うだけで……」
「……この町で、ですか……」
小枝の言い回し含まれていた小さな引っかかりに、アルティシアは気付いたようだ。
対する小枝としては、アルティシアに食べさせたパンが町の外で作られたものであることを隠すつもりは無かったようである。もちろん、現代世界で作られたパン、という点は伏せるつもりだったようだが、それ以外のことについては、オブラートに包みながらも、ある程度話すつもりだったらしい。何しろ、今の彼女は、正真正銘の不審者。今更、何を言ったところで、立場が変わるわけではないのだから。
「そうです。お察しの通り、先ほどのパンは、この町で作られたものではありません。……正直言って、この町の料理は、私の口にも合わないのですよ。仕方が無いので、自宅で作ったものを持ってきてしまいました」
小枝のその言葉を聞いたアルティシアは——、
「ふ、ふふふっ!」
——と抑えられなくなった様子で、口元に手を当てて笑い始めた。
「……何かおかしなことでも?」
「あ、いえ、申し訳ありません。私もこの町で作られる料理が苦手でしたので、初めて同じ考えを持ったお友達に出会えて嬉しかったのです」
「……お友達?」
「あっ……」
小枝の指摘を受けて、アルティシアはハッとする。勝手に友人として捉えては失礼だったのではないか……。そんな心配に駆られたらしい。
一方の小枝は、アルティシアの友人発言に、少し——否、かなり複雑な心境だったようである。何しろ、彼女の友人は、野生の動物を除けば、今までゼロ。姉妹たちがいたので、気にしたことは無かったのだが、こうして"友人"と捉えてもらえる人物に出会う事は初めての経験で……。小枝にはアルティシアとどう接して良いのか分からなかったのだ。
しかし、その迷いも一瞬のこと。特に否定する必要も無さそうだったので——、
「え、えっと……お友達でも……いえ、お友達としてこれからよろしくお願いします」
——小枝はアルティシアに対し、友人として接することにしたようだ。
対するアルティシアも、小枝の発言に、戸惑ったような反応を見せていた。
「ほ、本当に?」
「実は、私……お友達というものがよく分からないのです。今までお友達と言える方がいなかったもので……」
「……ふふっ」
「……どうして笑うのですか?」
「実は私も、初めてのお友達なのです」
そしてアルティシアは、小枝に向かって問いかけたのである。
「あ、そうです。あなたのお名前は?」
小枝がアルティシアの誰何を聞いて、どう思ったのかは定かでない。ただ間違いなく、彼女は、様々な可能性について思考したようである。……ここで自分の名前を正直に名乗っても大丈夫なのか。あるいは、偽名を名乗るとすれば、何と名乗れば良いのか、などなど……。
結果、小枝はこう答えた。
「木下」
小枝のフルネームは「木下 小枝」。つまり、"木下"というのは偽名ではなく本名である。この世界では今まで小枝としか名乗っていなかったので、ここで"小枝"と名乗ると、後々素性を特定されるなどして問題に発展する可能性があったが、"木下"と名乗っておけば、特定される危険は無く……。そのうえ嘘にもならないので、適切だと判断したらしい。……そう、小枝にとってアルティシアは、人生で初めての友人なのだから。
「キノシタ、キノシタ……木の下?」
「……えぇ、木の下と書いて、木下です」
「……変わった名前です」
「たまに私も思います。どうしてこんな名前を付けられたのか、と……」
そう言って苦笑する小枝。
その後も彼女とアルティシアの密会は続いて……。気付くと外の空には、淡い赤色が浮かんでいたようだ。
木下 小枝
その名前の由来を説明する日は……果たして来るのじゃろうか……。




