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16日目午前-06

 アームストロングとメアハートに拒否権は無かった。唯一、彼らの中にあったのは、貴族としての矜持だけ。見栄と虚栄と面子が、彼らのことをどうにか応接室のソファーに腰掛けさせる。


 そんな2人の前に、小枝はそれぞれ紅茶1杯とクッキー3個を差し出す。


「ブレスベルゲン産の食材を使ったお茶とクッキーです。せっかくですので、どうぞお召し上がり下さい。あぁ、毒は入っていませんのでご安心を」


 と言いつつ、既に出してあった自分の分のクッキーを仮面越しに小さく齧る小枝。対するアームストロングとメアハートは、小枝の発言通り毒ではないかと疑っていたものの、状況的に暗殺というわけでもなく、食べないという選択肢も見つからなかったためか、意を決してクッキーを口の中に放り込んだ。


「「……んなっ?!」」カッ


 クッキーを口に含んだ瞬間、2人は目を見開いた。これまで味わったことのない味が、舌と鼻孔を通じて、頭と心を揺さぶったのだ。あるいは、サクサクとした食感もまた、彼らの心を鷲づかみする原因の一つだったと言えるだろう。


 差し出された3個のクッキーは、瞬く間に、アームストロングとメアハートの口の中へと消えていった。結果、2人は残念そうに肩を竦めるものの……。紅茶を口にした瞬間、再び目をキラリと光らせる。その後、カップをテーブルに置くことなく、すべてを飲み干した2人は、直前まで危機的な状況だったというのに、安らかな表情を浮かべたようだ。


 そんな2人の事を、小枝が現実に引き戻す。


「さて、お菓子を食べて落ち着かれたようですから、早速、お話をいたしましょう」


 仮面を付けていたため表情が覗えない小枝を前に、アームストロングとメアハートはそれぞれ顔を見合わせた。今からどんなに取り繕おうとも、"少女"が差し入れた菓子と茶を不味いとは言えず……。現状、彼らが出来る事と言えば、強がることくらい。しかし、そのようなことをすれば、恐らく命は無いはず……。2人とも"少女"への対応をこれ以上、見誤る訳にはいかなかった。


 何より、彼らが困惑していたのは、敵であるはずのブレスベルゲンの使者が、なぜ美味しい菓子を持って、単身で乗り込んできたのかという点だった。自分たちを暗殺すれば、戦争は取りあえず回避できるのである。しかし、美味しい菓子を振る舞うのだから、暗殺するつもりはない。いったい、何が目的なのか……。


「……俺たちを懐柔するつもりか?」


 メアハートが問いかける。


 対する小枝は、不思議そうに首を傾げてから、首を横に振った。


「いえ、懐柔するつもりはありません。それに、敵対するつもりもありません。これから先も、ただの隣人としてお付き合いしたいのです」


 そんな小枝の発言に、メアハートが「国王を襲ったというのに、そんな馬鹿なことがあるか」と反論しようとした時だった。彼よりも先に、小枝の口が動く。


「これはお互いにとって良い取引だと思うのです。貴方がたは、ブレスベルゲンで流行りつつある美味しい食べ物を食べることが出来ますし、私たちも食料の出荷により財政を潤わせる事が出来ます。……じつは、少しこの周辺地域の調査をさせていただきました。困っているのですよね?魔物の食材がすべて王都側の者たちに買い占められて、領民たちが飢餓に喘ぎつつある、と。えぇ、まったく困ったものです。王都の者たちは、自分たちの事ばかりを考えて、周辺地域に住む人々の事など考えていないのですから」


 小枝のその発言は、ミスリードを誘うものだった。……アームストロングとメアハートは、話の流れ的に、なぜブレスベルゲンが謀反を起こしたのかを疑問に思っているはず。ならそこに、僅かな呼び水を流し込めば、あとは勝手に適当な解釈をするのではないか……。小枝は明言を避けつつも、都合の良い解釈をするよう思考を誘導することにしたのだ。


 食料の買い占めには、実際の所、国王は関与していないものの、彼女が用意した偽の歯車に、アームストロングが上手い具合に填まり込む。


「……まさか、ブレスベルゲンは、領民たちを守るために謀反を起こしたというのですか?!」


 彼のその発言はある意味で正しいものだったが、小枝は肯定も否定もしなかった。いや、無言でいることは、この場合、肯定という意味になるかもしれない。小枝はただ静かに、アームストロングとメアハートのカップに茶を注ぎ、クッキーを数枚追加する。


 そんな小枝の一挙手一投足に、アームストロングとメアハートは深い意味を見出そうとする。彼女が指摘した食糧不足による飢餓の可能性は、決して小さくないのだ。そして小枝が差し入れた美味しい菓子と茶。それが意味するところは——、


「……ブレスベルゲンは、戦争の回避を対価に、我々に対し食料を提供する用意がある、ということですね?」


——となるだろう。


「えぇ、先ほどもご説明したとおり、ブレスベルゲンは有効的な関係を構築していただける領地の方々に、食料を供給する準備があります」


 小枝はアームストロングの問いかけに対し、素直に首肯した。というのも、アームストロングのその推測は、話の落とし所として、小枝が考える限り、悪くないものだったからだ。


 すなわち——ブレスベルゲンは一方的な食料の買い占めという王都の側の暴挙に抗い、国王に反旗を翻した。その結果、食料の一大生産地であるブレスベルゲンからの食料流出は止まったものの、今度は消費が間に合わない。そこで、隣接する領地のアルマトリアとラビュア、ポートサイレスに食料の提供を行い、その見返りに戦争を止めるよう求めようとしている、というものだ。


 それは完全に、領主たち側のミスリード。小枝たちは飢餓に喘ぐ民を救うために立ち上がったわけでもなければ、食料があり余っている訳でもなく、むしろ食料の生産量は冬虫夏草の影響で激減していて、現状、3領地に提供するので精一杯の量しかないのである。その内情を一切説明すること無く、相手が勝手にミスリードをして理由を自ら考えてくれるというのなら、小枝としては大歓迎だったのだ。


 もしもミスリードをしてくれないというのなら——今度は武力でねじ伏せなければならないのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 452/452 >「「……んなっ?!」」カッ  期待通りです。ありがとうございました。 ・そしてミスリード、強い。 [気になる点] "少女" なるほど。てんてんが効いてますね。どこ…
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