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3日目-4

「……ちょっと何を考えているですか?服を脱ぐ必要はありません。そもそも体調が悪いのですから、身体を冷やしてはいけません。早く服を着直してください」


「……さっき、足を触ると……」ぽっ


「膝です、膝」


 小枝はあからさまに溜息を吐いた。アルティシアが何を考えているのか理解できなかった——否、理解することを拒んだのである。


「膝……」


「ほら、急いでください」


 小枝はそう口にすると、アルティシアに無理矢理パジャマを着せた。その際、アルティシアが、心底残念そうな表情を浮かべていた理由は不明である。


 そして、彼女の事をベッドに座らせて、その膝を——


ペチッ!


——指で弾いた。なお、言うまでも無いことだが、常識の範疇の強さで、である。


「っ!……あの……痛いです。私、そういった趣味はありませんが……」


「……反応無し、と」


「でも……あなたが望むというのなら……ケホッ」ぽっ


「……これは、あらゆる意味で末期かも知れませんね……」


 顔を赤らめながら咳き込むアルティシアに対してジト目を向けながら……。小枝は次にアルティシアの手を取った。そして、彼女の脈に手を当てて、その強さと速度を測る。


 その結果は——、


「……やはり、重度の脚気ですね」


——ビタミンB1欠乏症だったようだ。


「……かっけ?」


「本来食事で取るべき栄養素が、文字通り致命的なまでに欠けているのです。そのせいで、身体のあちこちで異常が出ていて、心機能の低下まで疑われます。恐らくその咳は、心臓がうまく機能しなくなった結果、肺に負担がかかって起こっているのでしょう。今のままの食生活を続けていたのでは、恐らく保ってあと1年……」


「え゛っ……」


「普通に食事を食べていれば問題は無いはずです。町の方々に、脚気らしき症状を発症している方は見られませんでしたし……。もしかして貴女は激しい好き嫌いをして…………あっ?!」


 好き嫌いについて言おうとして、小枝は気付いた。もしも自分がこの町に住んでいたとしたら、好き嫌いだらけで、絶望していた——いや、現在進行形で絶望しているのではないか、と。


 ゆえに彼女は問いかけた。


「……貴女、食事に、好き嫌いがあるのではありませんか?」


 小枝のその問いかけに、アルティシアは苦々しい表情を浮かべた。小枝の問いかけが図星で、さらに言えば恥ずべきことだったからだ。


 そして彼女は、好き嫌いの理由を口にする。


「……虫さんがたくさん入った料理を食べたくありません……。料理人さんに罪はありませんが……皆さん、食の趣味がおかしいと思います……」


「(確かに……)」


「ソーセージという血生臭い肉料理も苦手です……。皆、どうしてあのようなものを美味しそうに食べられるのでしょう?」


「(それは多分、この町の文化だからだと思います……)」


「私にはあの料理がどうしても食べられないのです。なので、館の料理人には、私が食べられる料理ばかりを作って貰っています……」


「……例えば?」


「……臭くないスープ、とか……」


「……他には?」


「……おいしくなくはないスープ、とか……」


「…………なるほど」


 妙な言い回しをするアルティシアに、小枝は同情した。それと同時に嬉しくも思った。なにしろ、自分と同じく、この町の料理に疑問を持っている人物が目の前にいるのである。彼女は直感的に、アルティシアと話が合うような気がしてならなかったようだ。


 ゆえに彼女は異相空間から、(日本時間で)今朝作ったばかりの弁当を取り出した。BLTサンド、コーンポタージュ、そしてミカンである。ただし、それぞれ、プラスチック製の弁当箱の中に入った状態で、だが。


「……?何ですか?それ……」


「食べ物です。どうせ死ぬなら、おいしい……かもしれないものを食べて死にたいと思いませんか?」


「え゛っ……」


「私がここのものを食べても問題は無かったので、恐らく大丈夫だとは思いますが……()()()()()()をここの方々が食べても絶対に問題は無い、とは言い切れないので、一応、食べたら死ぬかも知れない、とだけ言っておきます。それを踏まえた上で、食べるか食べないかを決めて下さい」


 そう口にする小枝の体内には、消化器官があるわけではなかった。彼女の身体の中にあるのは、マイクロブラックホールを使った縮退炉。その中に"質量"を放り込めば、莫大なエネルギーが生成されるのだが……。その前段階には食品チェック機構が存在し、人間が食べられるものを口にしないと腹痛を引き起こす、という人間アピールをするための機能が付いていた。


 つまり、小枝がこの世界の食べ物を食べた時点で特に問題が無かったということは、現代世界の人々がこの世界の食べ物を食べても問題ない、ということに他ならないのである。問題はその逆も同じか、ということなのだが……。食品に含まれるタンパク質に違いは無さそうなので、食べられない可能性は限りなくゼロに近いはずだった。


 しかし、それが分かっていても、小枝としては、おいそれと地球から持ち込んだ食べ物を、異世界人に食べさせるという行為は避けたかったようである。アルティシアの場合、このまま好き嫌いを続けると死ぬ可能性が高かったことと、もしかすると自分と同じ食の感覚を持っているかもしれない、という2つの理由があったからこそ提案したのだ。これが例えばクレアのような、健康な冒険者が相手だったなら、間違っても提案しなかったことだろう。


 そのためか……。小枝はアルティシアに対して、謝罪の言葉を追加する。


「実験台になってもらうような口ぶりになってしまって申し訳ありません。ですが、そう思っていただいても結構です。だって、私……不審者ですから」にっこり


 小枝はそう言って苦笑すると、コーンポタージュが入った容器の蓋を開けた。


 その瞬間、部屋の中に、芳醇な香りが立ちこめる。鼻孔を突き抜けるようなまろやかな匂いが、料理のおいしさを主張した結果——、


「た、食べます!この際、死んでも構いません!いえ、死なせて下さい!」ガタンッ


——小枝の不穏な発言によって生じていたアルティシアの憂いは、グゥゥゥ、というくぐもった腹部の音と共に、跡形無く消し飛んでしまったようである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 45/45 ・異世界(時々)あるある~脚気 ・異世界転移者が大抵何も考えずに食べ物を差し出す場面で、ちゃんとリスクを説明するのは面白いと思った。
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