3日目-2
黒服の男たちは警戒していた。今日も"アイツ"が現れるのではないか、と。
昨日は、ブレスベルゲンの領主を殺害できず、そのままガベスタンに帰った男たちは、戻った先で指導者たちに叱責され、死刑宣告まで出されたようである。しかし、せっかく死ぬなら、ギロチンに斬られるのではなく、領主の命を巻き添えにして死ぬべきだ、ということになり……。今日もまたこうして、領主の館に来た、というわけである。
「「「…………」」」
3人は、昨日とは異なり、門を越えてからも一緒に行動していた。町を包み込む睡眠魔法が有効であり、それほど警戒をしなくても良いと分かった事もそうだが、なにより昨日、自分たちの事を妨害した少女のことが、気になって仕方がなかったのである。……あの少女がいる内は、領主を殺害することはできないのではないか、と。
ゆえに彼らは、少女に対処するためにも、固まって館へと入る。大きな木の扉の横にあった壁に土魔法で穴を開けると、警戒しながらも堂々と玄関ホールへ侵入した。
玄関ホールには、さすがに魔導ランタンが設置されていて、夜闇が駆逐されたかのように明るい光に包まれていた。しかし、そこにいた衛兵やメイドたち、あるいは騎士たちは皆、昏倒していて……。ここではないどこか夢の世界へと旅立っていたようである。
それほどまでに、彼ら——ガベスタンの間者たちが使った睡眠魔法は強力なものだったのである。その魔法に打ち勝つには、強力な魔力を持っているか、睡眠魔法に耐性の効果を持つ防具を身につけるか、あるいはそもそも人間ではないか……。そのどれかに該当しなくてはならなかったが、少なくとも、その場にいた者たちは、そのどれにも当てはまらなかったようである。
「……いない」
「……そのようだな」
「気を抜くな」
短くそんなやり取りを交わして、通路の奥に目を向ける男たち。彼らはこの瞬間も、朱い服を着た少女のことを警戒していたよづえある。
ちなみにその少女、小枝は、と言うと——
「(……もしかして、私のことが見えていないのでしょうか?)」
——まるで4人目の侵入者のように、3人の横に立っていたようである。
「…………!」びくっ
「「ん?どうした?」」
「……いや、いまここに誰かいたような……」
「……気のせいだろう」
「誰もいないないか?」
「……そうだと良いんだが……」
何か気配を感じたのか、小枝の隣に立っていた人物が、周囲を見回した。それに続いて、他の者たちも辺りを警戒する。
しかし、そこには3人以外に誰の影も無く……。結果、彼らはすぐに前を向き直すと、何事も無かったかのように再び歩き始めた。
小枝は、その様子を今度は反対側で眺めながら、怪訝そうに眉を顰める。
「(もしかして、私に気付いていない?目が節穴なのでしょうか……)」
そう思った彼女は、何をどう判断したのかは不明だが、男たちにイタズラをすることにしたようだ。
「(どのくらいまでやったら気付くでしょうかね?)」
まず最初に、3人の武器を奪う。
「(気付かない、と)」
次に道具袋も奪う。
「(……これ何ですかね?毒物……?まぁ、碌でもないものでしょう。捨ててしまいましょう)」
小枝はそう判断すると、廊下にあった壺の中に、奪った道具袋を放り込んだ。
そして次に、奥歯に仕込んであった異物も取り除く。
「「「?」」」
「(気づかれ……)」
「「「…………」」」」
「(……てない。やはり、気が抜け過ぎなのではないでしょうか?)」
ごく短い時間の間に、異相空間を男たちの口の中を繋いで、そこから奥歯に仕込まれていた薬剤を取り外したのだ。その間、1ミリ秒。気づかれなくて当然である。
「(次は……)」
小枝は調子に乗りつつ、男たちにイタズラを施していった。額に文字を書いたり、下着を奪ったり、あるいは顔の前で胡椒を——、
「「「ふぐっ?!」」」
——振ってみたり……。しかし、彼らは自分たちの身体に起こる異変にまったく気付いていない様子だった。
「「「…………」」」ぷるぷる
「(……耐えきりましたか。思いのほか、頑張るようですね?)」
そして、昨日と同じ部屋の前までやってきたところで——、
「(……これで最後です!)」
——遂に身ぐるみをすべて剥がされてしまう。
「「「…………!」」」
さすがに、今回ばかりは気付いたらしい。しかし、この時点で、時すでに遅し。身体の至る所に落書きをされた上、武具も道具も一切持っておらず——、
「「「…………」」」
——男たちは途方に暮れてしまった。中には、自殺しようと奥歯の毒物を噛みつぶそうとした者もいたようだが——
「……な、無くなってる……」
——毒物が無くなっていることに気付いて、これまた唖然としたようである。
そんな男たちに、小枝が後ろから、ボソリと話しかける。それも、手に、彼らの服をぶら下げながら。
「……これはこれは。皆様、こんばんわです。もしかして、皆さんがお探しのものはコレですか?」ぱらっ
「「「?!」」」
男たちは焦った。もはや自分たちに出来る事は何も無いのである。武器も無ければ、防具も無い。逃げることも出来ず、死ぬことも出来ない……。
ゆえに、彼らが焦ったのは短い時間のことだった。あまりに何も出来な過ぎたためか——、
「「「ふふ……ふはははは!」」」
——3人とも笑うしかなかったようである。
ただ、さすがに急に笑い出すというのは、小枝も予想していなかったことだったらしい。ゆえに彼女は、急いで3人を黙らせるべく、彼らの鳩尾を——
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
——と指で軽く弾いた。所謂シックスパックに割れた腹筋などお構いなしに、である。
「「「 」」」ちーん
その途端、3人とも、電源が切れた目覚まし時計のように静かになった。……なお死んではいない模様。
ただし……。小枝のその行動は、一歩遅かったようだが。
ガチャリ……
彼女の目の前にあった扉が開いて、そこから白い髪の少女が現れたのだ。男たちの笑い声が原因で、気付かれてしまったらしい。
「……あっ」
「……えっ」
タイミングが悪かったためか、逃げるに逃げられず、少女と顔を合わせてしまう小枝。
それがブレスベルゲンの領主"アルティシア=ヘンリクセン"と、ガーディアンNo.12"木下 小枝"の初めての邂逅だった。




