15日目午前-02
シュタッ!
「皆様には悪いですが、逃げさせていただきます」
異相空間に入り込んで、寸胴鍋を回収し、死屍累々とした通りを越えて……。小枝たちは、人々の喧噪に包まれた別の通りへとやってきた。宿の部屋の机の上には迷惑料込みのゴールドが置かれ、かんぬきもそっと外してきたので、そのうち宿屋の看板娘たちは、小枝たちがいなくなったことに気付くに違いない。
ちなみに、なぜ小枝たちが、正面を切って宿を出なかったのか。理由は単純。今日は国王との謁見があるので、それまで騒ぎを起こすようなことはしたくなかったのである。もしも騒ぎを起こしてしまうと、謁見の際に問題が生じる可能性を否定出来なかったので、事を荒立てるわけにはいかなかった、というわけだ。まぁ、既に手遅れ感は否めないが。
「……もしかしてだけどさ。ブレスベルゲンでも、夜はあんな感じなのかしら?」
「まぁ、大小の差はありますが、近いものはあるかも知れません。今回は完全に私の失態です。さぁ、逃げましょう」
「コエダちゃんってさ……意外に素直っていうか、サバサバとしてるっていうか……って、もういないし……」
グレーテルが小枝の行動について感想を口にしている内に、小枝は先にスタスタと道を歩いていたようである。グレーテルを始めとした一行も、小枝に続いて王都の中を歩いて行く。
町の中は、さすが王都と言うべきか、ブレスベルゲンとは違い、朝でも人通りが激しかった。それは言い換えると、噂が広がりやすい状態だったとも言えたようだ。
「おい、聞いたか?今朝の話」
「あぁ。西の通りの方でやべぇことがあったんだろ?」
「やべぇことって何だよ?」
「噂じゃ、通りに住んでる連中が、みんな死んだらしい」
「おいおい何だよそれ……」
「馬鹿!それはデマだろ、デマ!実際は死人は誰もいなくて、精気を吸い取られたって話だぞ?」
「精気を吸い取られただって?!まさか……夢魔か!」
「それこそデマだろ。なんだか、すげぇ良い匂いがしてきて、気付いたら意識を失ってたらしいぞ?」
「「「良い匂い……」」」
市民たちの間では、早速、昏倒した者たちの話で持ちきりだった。ただ、情報は錯綜していて、正しい情報が伝わっているのはごく一部。殆どの者たちは、人伝に聞いた情報から、魔族の仕業や、敵国の攻撃、あるいはガス漏れなどの事故が原因ではないかと疑っていたようである。一応は料理の香りで昏倒したという情報も流れていたようだが、それだけで大勢の者たちが意識を失うとは俄には信じられなかったらしく、噂としてはマイノリティーだったようだ。
結果、見た目は人畜無害そうに見える小枝たちが疑われる心配はほぼ無くなっていた。唯一、小枝たちの顔を覚えているだろう宿屋の看板娘にさえ警戒していれば、完全犯z——いや、原因が小枝たちであるとバレる事は無いはずで……。その首謀者たる小枝は、人知れず安堵していたようである。
それから一行は、何食わぬ顔で宿のある通りから遠ざかり、別の通りにあった宿に拠点を用意することにしたようである。とはいえ、まだ今は早い時間。宿が宿泊者の受付を始めるのは、もう少し後になってからのことだった。
ゆえに、小枝たちは、昨日に引き続き、再び班を2つに分けることにしたようである。1つは城へと向かい、王都謁見するチーム。そしてもう1つは、王都観光かそれに類する何かを行いながら、宿を確保するチームの、合計2つである。
「さて、ではここで班を分けようと思いますが、私たちと一緒にお城に来たい方はいますか?」
小枝が問いかけると、まさかの事態が生じる。
ビシッ!
「行きます!」
「お城、行ってみたいです!」
「城なんてそうそうは入れるものじゃないし、私も行ってみたいわ?」
[ノーチェも行く!]
「……王都は飽きた」
皆が一斉に城へ行きたいと言い出したのだ。




