プロローグ4
「他の惑星なのか、あるいは並列世界なのか……。どちらにしても、もう少し調査してみる必要がありそうですね」
「……ワルツは?」
「一応ビーコンを探してみましたが、反応はありませんでした。近くにいないのか、壊れてしまったのか……いずれにしても、簡単に見つかる感じではなさそうです」
「……そう」
「しばらく腰を据えて探す必要がありそうですが……そのためにはまず、自分の安全を確保しなくてはならないでしょう。長時間滞在することを考えるなら、食料の確保などについても考えなくてはなりません」
小枝が言う食料。それは、燃料や電力ではなく、紛れもない食料である。彼女たちの体内にはマイクロブラックホールを用いた発電機が内蔵されており、定期的に食事を摂取して《質量-エネルギー変換》を行うことで活動しているのだ。そのため、定期的に食事を摂取しないと、ホーキング放射によってマイクロブラックホールが蒸発してしまい、発電が出来なくなって機能を停止してしまったりする。
「色々とやることが多くて忙しくなりそうです」
「……小枝、嬉しそう」
「嬉しいだなんて……」
小枝はそう言いつつも、キラの言葉に反論できなかった。彼女はこれまで山奥に幽閉されるような形で生活を送ってきたのである。そんな中、次元の向こう側に、いくらでも好きなだけ自由に飛び回ることが出来るかもしれない青い空を見つけてしまったのだから、気持ちが高ぶらない訳が無かったのだ。
何より、ガーディアンたる彼女の本体には、空を駆けるための立派な翼と推進機関があった。それが今までの生活では、ただの持ち腐れ状態となっていたのだから、今の彼女は、水を得ようとしていた魚、あるいは空を与えられようとしていた鳥と同じ状態だったと言えるだろう。
しかし、彼女にとっての最大優先事項は、いなくなってしまった妹を探すこと。喜びを表に出して良い状況ではなかった。
「……すこし気が緩んでいたようです」
小枝は、ニヤけそうになっていた自分の表情をリセットするために、両手で顔をゴシゴシと拭いた。
一方、キラは、こんなことを口にする。
「……別に良いと思う」
「えっ?」
「……小枝が無事だったんだから、ワルツも無事のはず。あの子が森に投げ出された程度で、全損するとは思えないから」
「……そうですね。私もそう思います」
「……多分、あの子も燥いでいると思うから、小枝も燥いでも良い」
「姉様……」
小枝は、キラの言葉の副音声を感じ取って、複雑な気分になった。山の奥にいて、外の世界が気になっていたのは、キラも同じなのである。彼女にとっても、空間制御システムの向こう側に広がる世界は、とても魅力的で……。彼女としても、行けるものなら、言ってみたかったのだ。
しかし、キラが空間制御システムを使うことは出来なかった。予備が1しか無かったということもあるが、キラのシステムと空間制御システムの間には、まったく互換性が無いのである。つまり、たとえ予備のシステムがあったとしても、現状、彼女が、異空間の世界に行くことは叶わなかったのだ。
ゆえに、キラは言った。
「……お土産を所望する」
「あ、はい……。でも、あの世界から安易に物質を持ち込むというのは危険だと思いますよ?本当はその逆も然りですけど……」
「……当面は景色だけで良い。そのうち、検疫室をこしらえるつもり」
「分かりました。あと、私自身の洗浄は……」
「……セルフサービスで」
「……分かりました。熱処理します」
そう言った途端、小枝の体温が急激に上昇する。いや、体温などという表現は生温いだろう。彼女の表面温度は800度を越えて、周囲の地面からは黒い煙が上がっていたほどなのだから。
それは彼女の特殊能力と関係があって、彼女はある特定の物体の温度を自由に上げ下げ出来るのだが……。その説明については後々行うことにする。
◇
姉とあらかた情報の共有を終えて、日がだいぶ傾いた頃。小枝は再び異空間へと飛ぶことになった。この時、彼女たちの間では、"異空間"という呼び方を止めて、"異世界"と表現することにしていたようである。
「次は……1日ほど行ってこようと思います」
「……長くない?」
「多分、大丈夫です。拙いと思ったら、自力で帰ってきます」
「……分かった。1日経って戻ってこなかったら、強制的に引き上げる」
「お願いします。1日分の景色をじっくり撮ってきますから、楽しみにしていて下さい」
「……今回は間に合わないけど、検疫室を作って待ってる」
「分かりました。では——」
そして小枝は一歩前に出ると——、
「行ってきますね?」
ブゥン……
——再び異世界に向かって旅立っていったのであった。