13日目午後-06
やがて夜も更け、皆が帰宅の途につく。その直前、小枝は、明日から最長で3日間、自身とアルティシアが王都に出かけると告げた訳だが、それを聞いた者たちは、皆揃って、まるでこの世の終わりが訪れたような反応を見せていたようだ。だが、小枝に対して面と向かって文句を言えるはずもなく……。皆、満腹なはずなのに、ゲッソリとした表情を浮かべながら、帰っていったようである。
一方、木下家の中に住んでいる者たちの間では、帰っていった者たちとは異なる流れが生じていたようだ。
[ノーチェがごはんを作る!]
小枝に変わってノーチェが食事を作る……。ここ数日は小枝と共に食事を作ってきて、それなりに料理に慣れていたせいか、ノーチェがやる気満々だったのだ。
しかし、小枝の反応は肯定でも否定でもなかった。
「えぇ、それは構いませんが……ノーチェちゃん、王都でもお料理をするのですか?」
小枝がそう問いかけた直後、ノーチェは目を丸くして——、
「えっ?」
——思わず自身の声で、小枝に問いかけてしまう。そんな彼女の表情からは、てっきり留守番するものだと考えていた、という副音声が漏れ出ていたようである。
そんなノーチェ、あるいはカイネとアンジェラに対して、小枝は言った。
「私とアルティシアちゃんだけでなく、皆で一緒に王都に行こうと考えていました。せっかくですから、王都でお買い物でもしてきて下さい。あぁ、そうそう……はい。カイネちゃんとアンジェラちゃんのお給金です」すっ
小枝がそう口にしてカイネとアンジェラに渡したのは、それぞれ白い硬貨が5枚ずつだった。ただし銀貨ではない。
「「は、白金貨……」」
カイネとアンジェラの手の中にあったのは、総額50万ゴールドにも及ぶ硬貨だった。
そのずしりと重い白金貨を震える両手で持ち上げながら、カイネとアンジェラ(ともう1人)が声を上げた。
「こ、こんなにいただけません!」
「というか、そもそも、働いてすらいませんよ!」
[金じゃない]
「えぇ、金ではなく白金貨です。2人とも今日はよく働いてくれたと思います。ほら、王女様を助けたでしょう?」
その言葉に、カイネとアンジェラは複雑そうな表情を見せた。2人とも、アルティシアやエカテリーナの会話を耳に挟んでいたので、朝の内に治療したカトレアが王女だということは何となく知っていたのだが、小枝から直接打ち明けられたのは今回が初めてだったのだ。
「だ、だとしても、私たちはコエダ様の指示に沿って、お手伝いをしていただけです!」
「そ、そうです!相応の対価にすべきだと思います!」
「そうですか……やっぱり、足りなかったですかね……」じゃらじゃら
「「い、い、いやいや!これで十分です!」」
異相空間から大量の白金貨を取り出し始めた小枝を前に、カイネとアンジェラは思わず面食らった。50万ゴールドに相当する白金貨5枚でも、何に使えば良いのか分からなかったというのに、それがジャラジャラと音を立てながら増え始めたせいで混乱してしまったのだ。
結果、彼女たちは、50万ゴールドで納得した(?)ようである。2人は揃って神妙な表情を浮かると、今まで生きてきて一度も触ったことのなかった白金貨を手にしながら、その硬貨をジーッと見つめていたようだ。
その他、アルティシア、グレーテル、ノーチェの3人には、給与が支払われることはなかった。リアル錬金術師のノーチェはともかくとして、アルティシアは領主なので、冒険者としての収入の他に、税金という名の財源(?)があり……。そしてグレーテルは——、
「ねぇ、コエダちゃん。私にも——」
「いや、グレーテルさんは、今朝、トライアドの触手を狩ってきた分で、1000万くらい持ってますよね?それ以外にも色々狩ったり、作ったりしているので、最低でも億は持っていると思うのですが?」
——といったように、富豪と化しているはずなので……。小枝は、この3人には給料を渡す必要はないと判断したのだ。
しかし、グレーテルは納得出来なかったらしい。
「そりゃまぁ、材料としてなら無いわけじゃないけど、お金としては持ってないわよ?手持ちのモノって、殆どが薬屋を営むための材料だし……」
「ちょっと売ってくれば良いんじゃないですか?」
「もったいないじゃない。材料だけを売っても合計数億ゴールドなのに、薬にして売ったらそれ以上なんだから、やっぱり薬にしたほうが良いって思わない?」
「どれだけ稼ぐつもりですか……」
「そうね……」
グレーテルは、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに笑みを浮かべると、自らの野望を口にした。
「どのくらい稼げば良いのか具体的には分からないけど、この国で一番の薬師になろうと思うわ!だから、多分……100億くらい?」
「国一番という意味ではもうなって……いえ、なんでもありません。まぁ、あまり搾り取り過ぎて、人々から反感を買わないようにして下さいね?命を救ったはずの人から逆に刺されるとかいたたまれないですから。良くあるらしいですよ?そういうの」
といってニッコリと笑みを浮かべる小枝。そんな彼女の笑みを見たグレーテルが、うっ、と苦々しい表情を浮かべた後で何やら考え込んでいたのは、これまでの人生で小枝に指摘されたことと似たような経験があったためか。
結局、グレーテルは、小枝から50万ゴールドを受け取ることになったようである。というのも、それは王都への移動費。彼女の転移魔法で王都に行くことになったので、小枝とキラを含めた6人分の往復運賃を、50万ゴールドという形で支払うことになったのだ。その結果、グレーテルが、"ウハウハな"と表現出来る表情を浮かべていたのは、本当に手持ちのゴールドが無かったためかも知れない。
それからアルティシアたち5人は、明日の出発に向けた準備を進めて、夜遅くに眠りにつくのだが……。
「……さて、お姉様」
「…………」こくり
小枝とキラには、なにやらやることがあったようである。




