13日目午後-03
小枝が自宅に戻ってくると、そこには——、
「もう、ダメかも知れません……」げっそり
——今にも地面に崩れ落ちてしまいそうな程に、衰弱した様子のアルティシアの姿が。一方で——、
「うーん、なにかが違いますね、何かが……。アル?はい、着てみて」つやつや
——エカテリーナの方には、なぜか妙に艶があって……。まるでアルティシアから精気を吸い取っているかのようだった。なお、敢えて言うことでもないが、エカテリーナに他人から精気を吸い取れるような特殊な能力があるわけではない。
そんな2人が何をしていたのかというと、午前中から引き続いて、ファッションショーである。何着か服装を選んだ後で、その服装に似合った行動、仕草、作法などを確認し、今はちょうど外套を選んでいるというシチュエーションだったようだ。
その光景を見て、小枝は早速、自作の外套を手渡そうかと考えたようだが——、
「……気が変わりました」
——何やら考えが変わったらしい。というのも、外套を身につけていられる時間がどれほどあるのかを考え直したのだ。
少なくとも国王に謁見する際は外套は外さなければならないだろう。一応、伯爵なので、専用の待合室や召使いたちを宛がわれる可能性も高く、部屋で待っている間も外套を身につけるというのは難しそうだった。王城にいる間において、もしも襲撃があるとすれば、この2シーンしか考えられなかったので、作った外套はあまり役に立ちそうにない……。それが小枝の結論だった。
ゆえに彼女は方向転換することにしたようである。そんな考えに至る背景には、アルティシアの今の格好も関係していたようだ。
もちろん、彼女の格好が似合わなかったというわけではない。ブレスベルゲンの職人たちによって飾り付けられたドレスで、アルティシアの"少女"としてのかわいらしさを引き立ててはいた。しかし、それだけなのである。ドレスと靴と装飾品だけというのは、現代世界からやってきた小枝からすると、あまりにシンプルすぎて、納得出来ない格好だったのだ。
小枝は異相空間から、リチウム合金布を取り出した。それを適当な大きさで四角く切ると、ほつれないように——、
ジジジジ……!
——と隅を溶接して……。1枚のショール(?)を作り出す。
「はい、どうぞ」
「「えっ」」
アルティシアとエカテリーナは同時に固まった。「はい、どうぞ」と言われてショールを差し出されても、ただの四角い布をどうすれば良いのか分からなかったのだ。同じ部屋の中にいたノーチェ辺りには、巨大な風呂敷程度にしか見えていなかったに違いない。
そんなアルティシアたちの反応に気付いたのか、小枝が直接動く。
「えっとですね、これは、こうして……」
小枝はスムーズな手つきで、アルティシアの肩にショールを巻き付けた。形を整えつつ、小さなピンで固定し、型崩れしないよう調整していく。
その間、アルティシアは、顔を真っ赤にしたり、硬直したり……。あるいはニヘラァと笑みを浮かべるなど、直前までゲッソリとしていた彼女の雰囲気は、すっかりどこかへと消え去っていたようである。理由は不明だが、何か嬉しかったり緊張したりすることがあったらしい。
「あとはこの辺に大きめのブローチがあれば完璧なのですが……まぁ、取りあえず、これでも付けておきましょうか」
といって小枝が異相空間から取り出したのは、純銀の塊。地下の温泉で、金と共に採掘出来た銀を集めて作ったインゴットである。
その一部を、柔らかい粘度のようにつかみ取ると……。それを手で捏ねて瞬く間にブローチに変えてしまう。その作業はアルティシアの背中で行われ、かつエカテリーナから見て小枝の影で行われていたので、2人が気付くことは無かった。唯一、ノーチェからは見えていたようだが、小枝の手の中にあったものが金ではなかったためか、彼女はすぐに興味を失ってしまった様子だった。
「はい、これをこう取り付けて……完成です」
そして小枝がその場を離れると、エカテリーナの目に、アルティシアの姿が入ってくる。
「……すばらしい……すばらしいですわ!」
アルティシアのその姿を見たエカテリーナは、興奮気味にそう口にすると、両手で自身の頬を押さえて、そして、きゃぁー、といわんばかりに悶え始めた。
すると、まるでシーソーのように、アルティシアがゲッソリとした表情を浮かべるのだが、肩からチラリと見える赤いショールに目を向けて、ふたたびニンマリと笑みを浮かべて、そして——、
「えへへ……って、あれ?この布、もしかして……」ちらっちらっ
——見る角度によって色が変わることに気付いて、目を見開いた。
そんな彼女に対し、小枝が説明を始める。
「この布は見る角度によって色が変わる、蝶の羽のような性質があります。それ自体でも綺麗なのですが、実はこの布、ただ装飾品でも服装の一部でもなく、防具です」
「「えっ……」」
「もしも誰かに刺されそうになった時は、身体にこの布を巻いて受け止めてください。多分、グラウベルさんが10人くらい寄ってたかって刺してきたとしても、まずアルティシアちゃんの事を傷付けることは不可能だと思いますので」
「「えっ……」」
シルクのように柔らかく、羽のように軽いというのに、グラウベルの攻撃にも耐えられる……。小枝の説明は、アルティシアたちにとって、すぐには理解出来るものではなかったらしく、しばらく2人とも赤いショールを物珍しそうに見ては、にんまりとニヤけたり、自分も欲しいとハンカチを噛んだり……。何やら殺伐とした雰囲気を醸し出していたようだ。




