13日目午前-21
「……ねぇ、コエダちゃん」
「はい、何でしょう?グレーテルさん」
「カトリーヌの事、あのまま放置してきても良かったの?」
「まぁ、いつもタダ飯——いえ、たまにはギルドの受付嬢らしく、働いて貰うべきでしょう」
「なんか、とんでもないことになりそうだけど……」
「ダニエルさんもいますし、ある程度、お膳立てもしてきましたし……多分、どうにかなると思いますよ?最悪の場合は、ウチに駆け込んでくるでしょうし、そのときはまた、"眠りのカトリーヌ"でも演じていただきましょう」
「完全に遊んでるわね……」
「いえいえ、操っ——本来あるべき通りに働いて貰っているだけです」
「もう、そこまで言いかかってるなら、わざわざ訂正しないで全部言っちゃえば良いのに……」
カトリーヌを働かせることで(?)、どうにか窮地を脱したと判断した小枝は、グレーテルとノーチェを連れて、そそくさと冒険者ギルドから抜け出して……。そして自宅へと戻ってきた。いつまでもグレーテルとノーチェのことを冒険者ギルドに置いておくと、厄介ごとに巻き込まれる気がしたらしい。ちなみにキラだけはその場に残って、カトレアたちのことを引き続き監視し続けるようだ。
というわけで家に戻ってきた小枝たちが、建物の中に入ると、そこにはどういうわけか——、
「これなら陛下にも失礼はないでしょう」
「…………」ムスッ
——満足げなエカテリーナと、外行きのドレスで着飾ったアルティシアの姿があって……。明日の王都出発に向けた準備をしていたようである。国王に謁見する際、普段着で向かうわけにはいかず、普段は着ないドレスのチェックをしていたらしい。エカテリーナにされるがままだったためか、アルティシアは不機嫌な様子だった。
そんな2人の姿を見て、なぜ我が家で着付けをしているのか、という疑問を抱いていた小枝だったものの、大した問題ではなかったためか、その疑問を取り上げるようなことはしなかった。その代わり彼女は、アルティシアの服装について、簡単な感想を口にする。
「えぇ、とっても似合っています」
その直後——、
「?!」びくぅ
——と、まるで漫画に描いたキャラクターのように全身の毛を逆立てながら、アルティシアは身体を硬直させた。そして彼女は胸の前でギュッと両手を握りしめながら、ギギギギギ、という音が聞こえるのではないかと思えるほどぎこちない様子で、小枝の方を振り向いた。
「コ、コエダ……様……。お、お帰りになったのですね……」
「えぇ、いましがた戻りました。その格好、国王陛下に謁見する際に着ていく服装ですよね?とっても似合っていると思いますよ?」
「そ、そうでしょうか……?」
「えぇ、すっごく。とても可愛いです」
「か、可愛い……そ、そうですか……」
その後で、可愛い、という言葉を小さく何度も呟き始めるアルティシア。まるで呪詛のように何度も繰り返していたようだが、その顔が綻んでいたところをみると、嬉しくて仕方がないといった様子である。
今にもダンスを踊りそうな程に上機嫌だったアルティシア隣では、エカテリーナが呆れたように肩を落としていたようである。……感想を問いかけるよりも、先に言うことがあるだろう……。エカテリーナの表情は、そう語っていたようだが、浮かれていたアルティシアの方に説明する気配が感じられなかったためか、エカテリーナ本人が、小枝が抱いているだろう疑問——即ち、なぜこの家でアルティシアが着飾っているのかという疑問について話し始めた。
「申し訳ございません、コエダ様。アルがどうしても着飾った姿をコエダ様に見ていただきたいと申しておりまして……」
「んなっ?!」
「一体、何を見せようとしているのか、私には分かりかねますが、どうかこの場で着付けをする許可をいただけないでしょうか?」
それを聞いたアルティシアが、ハッとした表情を浮かべながらも、頬を膨らませて、恨みがましい視線をエカテリーナへと向けた辺りで、小枝が返答を始める。
「私としても、是非、アルティシアちゃんの服装を見たいと思っておりましたので、ちょうど良かったです。実は、影ながらアルティシアちゃんの護衛をさせていただこうと思っておりましたので、その際に着る服装をどうしようかと悩んでいたのですよ」
「「こ、コエダ様が服装を悩んでいる……?!」」ごくり
「えっ?あぁ、普段から同じような服装ばかりをしていますから、着替えていないように見えますよね?でもこれ、同じ服ではなくて、ちゃんと毎日変えて洗濯もしているのですよ?」
と言いつつ、異相空間の中から大量の和服を取り出す小枝。彼女が取り出した和服は、微妙に模様が異なっていたものの、色はまったく同じで……。遠巻きに見ると、まったく同じ服にしか見えなかった。
しかしである。どうやらアルティシアたちが驚いていたのは、小枝が同じ服を着ていて、それを変えると発言したことに対して驚いていたというわけではなかったようだ。
「微妙に異なる服を着ているというのは分かっていましたので、驚いたのはそこではなくて……」
「えっ?」
「えっ?(よく分かりましたね……アル……)」
「そのワフク、と言いましたか?それ以外のお洋服をコエダ様が着るということに驚いたと言いますか……どのようなお洋服を着るのかなと思いまして……」
と口にした後で、小さな声で「コエダ様、可愛いですし……」と呟くアルティシア。しかし、彼女の言葉は誰の耳にも届かなかったらしく、スルーされることになる。
「方向性は決まりましたが、具体的なデザインについてはまだ決めていないのです。明日になってからのお楽しみ、ということにさせてください」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべる小枝。そんな彼女の言葉に、誰も反論しなかったのは、普段から小枝が着ていた服装が、とても似合っていて、下手に口出し出来なかったから、なのかもしれない。




