13日目午前-14
「おやぁ〜?コエダ様とグレーテル様ではないですかぁ〜」ぽわわ〜
「……こんにちは」ムスッ
「あぁ、カトレアさんと助手さん。こんなところで奇遇ですね?」
ギルドに入るや否や、カトレアが目を向けたのは、冒険者たちの屍の山(?)——ではなく、その中に立つ小枝たちの姿だった。彼女は小枝を見つけた途端、嬉しそうに近付いていく。
そんな彼女の後ろからは、仏頂面の助手もといカトレアの妹のヘレンも追従して、何かあればカトレアと小枝との間に割り込もうとしていたようだ。
対する小枝たちの側も、ただ近付いてくるカトレアたちを見ているだけではなかった。
「!」シュッシュッ
ノーチェがシャドーボクシングを始めたのである。どうやら朝に、小枝がカトレアのことを"厄介な人物"と表現したことを覚えていたらしく、カトレアたちの事を警戒しているらしい。
しかし、そんな彼女の行動は、カトレアたちにとっては、単に微笑ましいものでしかなかったようである。なにしろ、年端もいかない獣人の少女が、背伸びして威嚇しているようにしか見えないのだ。元のノーチェの姿を知らないカトレアにとっては、子どもがじゃれついてきているよう思えていたことだろう。
「確かあなたは〜……ノーチェちゃん〜、でしたね〜?」
「?!」びくぅ
「私は怖くないですよぉ〜?その証拠にぃ〜、ほらぁ〜?ノーチェちゃんには〜、美味しいお菓子をあげます!」すっ
「…………」かきかき[金?]
「金?いえいえ〜、アメちゃんですよぉ〜?アメちゃん〜」
「…………」ぷいっ
普段から美味しい食べ物を口にしていたためか、カトレアが甘そうな飴を差し出しても、ノーチェが懐柔されることは無かった。彼女は素っ気なくそっぽを向く。
「おやおやぁ〜。嫌われてしまったようですねぇ〜。同じくらいの歳の子どもたちには〜、とぉ〜っても喜んでもらえますのにぃ〜」
「…………」かきかき[金でも肉でもないからノーチェはなびかない]
「なるほどぉ〜。つまり、黄金のお肉ならぁ〜、ノーチェちゃんはなびいてくれるのですね〜?」
「?!」
黄金の肉、略して金肉。それを想像したのか、ノーチェは目を丸くして、カトレアを見上げた。そんなノーチェの頭の中ではどんな物体が想像されているのか不明だが、少なくとも、某焼肉のタレではないことは間違い無いだろう。
結果、ノーチェの口の中では一気に涎が流れ出て、彼女はゴクリと唾を飲み込んだようである。すると、その様子を見ていた小枝が、ふふっと笑みを浮かべながら口を挟む。
「あまりノーチェちゃんを虐めないであげてください」
「いえいえ〜、虐めているつもりはありませんよぉ〜?世の中には〜、本当にぃ〜、金色のお肉を持つ魔物がいるというお話です。まぁ〜、どこに住むどんな魔物かまでは〜、私にも分かりませんけれどね〜」
そんなカトレアの言葉に、ノーチェはすっかりと警戒することを忘れて聞き入っていたようである。それほどまでに、彼女にとっては、金肉というものが魅力的に思えていたらしく……。彼女は早速、ギルドの掲示板の方に歩いて行き、そこに金肉採取の依頼が無いかを探し始めた様子だった。
そんなノーチェの後ろ姿に向かって、可愛い妹でも見るかのような視線を向けていたカトレアに対し、小枝が問いかけた。
「ところで、カトレアさん。どうしてここに?あぁ……そういえば、ブルースワンプフィールドでは、ギルドの受付嬢をされていましたね。その関係ですか?」
対するカトレアの返答は、小枝が予想していた通りの内容だった。
「いえいえ〜。昨日もお話ししました通りぃ〜、コエダ様方がブルースワンプフィールドで配布してくださった流行病の治療薬について〜、どこのどなたが作ったのかぁ〜、ギルドに聞き取りにやってきたのですよぉ〜」
「あぁ、確かにそのような事をおっしゃっていましたね。しかし、ギルドから聞き出すのは難しいと思いますよ?」ちらっ
「!」こくこく
と、小枝の視線に何度も頷くカトリーヌ。そんな彼女の表情が青かったことから推測するに、彼女は小枝の視線から、脅迫じみた副音声を感じ取っていたようである。まぁ、どんな副音声かは不明だが。
しかし、カトレアには諦める様子は無かったようだ。その結果、口を固く閉ざすことを心に決めたカトリーヌに、どうにも避けようのない大きな災難が降り注ぐことになる。
「実はですねぇ〜、コエダ様や皆様にもぉ〜、内緒にしていたことがあるのですよぉ〜。私、こう見えてもぉ〜——」
そしてカトレアは、小枝が考えていた中でにワースト3に入る発言を口にしたのである。
「ハイリゲナート王国の第2王女なのですよ〜」
「「「…………えっ?」」」
「あ〜、ちなみにこちらのヘレンは〜、第三王女です」
「…………」ムスッ
「「「…………」」」
そして固まるその場の空気。
そんな中で、カトレアは、容赦なく権力を振りかざした。
「というわけでぇ〜、あのお薬をどなたが作ったのか〜、話していただけませんか〜?ハイリゲナート王国第二王女ぉ〜、カトレア.H=ノービリアスが命じますぅ〜。……あぁ〜、そうそう。私が王女だという話は〜、ここだけの話ですよぉ〜?」
その結果、さらに硬化するその場の空気。それは先ほどまでシャドーボクシングを繰り出していたノーチェも例外ではなく……。彼女もまさかの人物の登場に、目を丸くしていたようだ。
ただし、その場にいた約2名を除いて、の話だが。
ノンビリアスではなく、ノービリアスなのじゃ?




