12日目午後-17
所は変わってハイリゲナート王国の王都。大きな町の中心よりも少し北側に国王が住まう城があった。
「……ガイアスはおらん、か……」
国王の手には手紙が握られていて、そこには少女が書くような可愛らしい文字が連なっていた。そこに書かれていた言葉を要約すると——行方不明になっているガイアスはブレスベルゲンには来てない——というもの。つまり今、ハイリゲナート王国の国王は、アルティシアからの報告書を読んでいたのである。
「あやつの行方を知らぬ、何も起こっておらぬ、と言うのに、アレは何なのだろうな……」
自室の窓から見えていた遙か彼方の南の地。恐らくはブレスベルゲンがあるだろう場所の空では、今日も怪しげな赤い光が、見るからに禍々しい様子で渦巻いていた。その様子を見る限り、アルティシアの手紙にあるような"いつも通りに平和なブレスベルゲン"とはほど遠く……。もはや誰の目から見てもツッコミどころしかなかったようだ。
そんな中で、国王は手紙に書かれていた文言に気付く。
「ほう?直接、余にあって、事情を説明したいと申すか……」
国王は長いヒゲに手を当てて、それを撫でながら考える。アルティシアの意図は何か。ガイアスの行方も知らなければ、ブレスベルゲンでは何も起こっていないというのに、いったい何を説明しようと言うのか……。
そんな事を考えていた国王だったが、その表情にはなぜか笑みが浮かんでいた。
「ふむ……。なかなかに面白い娘のようだ。余に会いに来れば、事情を追及されるのは明白だというのに、わざわざ乗り込んでくるか……。展開が想像出来ぬのか、説明しきる自信があるのか、それとも何か他に……」
そして国王は再び南の地に向かって顔を向ける。しかし、その時点では既に、空から赤い色は消え去っていて……。普段通りの夜の景色が戻ってきていたようだ。
その光景に目を細めながら、国王は自分以外に誰も居ないはずの部屋の中へと声を向ける。
「あやつからの連絡はまだか?」
彼の問いかけに、どこからともなく返事が戻る。
「いえ、まだです」
その声は国王の"影"。現代世界風に言うなら、シークレットサービスのようなもので……。24時間365日、常に国王の側に仕えている者の声だった。性別は不明。男性とも女性とも取れるその声の持ち主は、1人ではなく複数いるらしく、いつ何時国王から呼びかけられても、直ちに返答できる体制がとられていたようである。
「ふむ……。ちなみに、あやつは今どこにおる?まさか、消された、などということはあるまいな?」
「ブルースワンプフィールドにいることを確認しております。もちろん存命されております」
「ではなぜ、ブレスベルゲンの領主……アルティシアと言ったか。彼女と接触出来ておらん?」
「……申し訳ございません」
「……ふん。また趣味に走りおったか……」
「はい……」
「困ったものだ……。育て方を間違えたか……」
そう言って頭を抱えて溜息を吐くハイリゲナート国王。
しかし、彼はすぐに頭を上げると、どこに居るかも分からない"影"に対して、指示を飛ばした。
「ブレスベルゲンの領主がこちらに来ると言っておるのだ。あやつには接触はもう要らぬと伝えておけ。あと、ブレスベルゲンの領主との謁見の準備を。何があるか分からぬゆえ、最大限の警備を敷くよう通達を出しておけ」
「はっ」
"影"の返事を聞いた後。国王は再び南の地へと視線を向けた。そこにあったブレスベルゲンの空は、既に普段通りの暗い夜空に包まれていたものの、国王には何か違う色が渦巻いているように見えたようで——、
「まったく……儘ならんな……」
——彼は思わず大きな溜息を吐いてしまったようだ。
◇
場面はもう少しだけ時間が経った後のブルースワンプフィールドへ。より具体的に、は町の中央部から少し離れた場所にあった施療所の2階へと移る。
そこの机の上には、国王の"影"から手紙が届いていて……。部屋の主が手紙に目を通していたようである。仕事(?)が一段落したので、束の間の休憩にやってきたら、いつの間にか机の上に手紙が置かれていたらしい。
その人物は手紙に書かれている内容に目を通して、どこかの王様のように、深い溜息を吐いていたようである。というのも、その人物には、国王からの指示を無視するつもりはなく、今回は不可抗力的に指示を無視する形になってしまったからだ。まぁ、正確に言うと、今回だけでなく、ほぼ毎回なのだが。
本来なら国王の指示を無視すると、厳罰どころか、死刑になったとしても不思議ではなかった。しかしその人物が死刑になる事はなく……。そればかりか、指示に対して反論しても、お咎め無しだったようである。
ただ、今回ばかりは、国王の指示を無視するつもりは無かったらしい。というのも、"ブレスベルゲンの査察"というのは、彼女にとっても非常に興味深いものだったからだ。
ブルースワンプフィールドの町に蔓延するマラリア。それを治療する薬を開発したブレスベルゲンの冒険者ギルド。ここ最近のブレスベルゲンでは、彼女の想像を超えた何かが起こっているのは明白で……。小さくない興味を惹かれていたのだ。
ゆえに彼女は旅路の準備を始めたようである。とはいえ、彼女の旅の準備は、単に荷物を鞄の中に押し込めば良いというものではなく、色々と準備をしなくてはならなかった。町長への挨拶、引き継ぎ、その他諸々……。しかしどうにか夜の内に準備を終えた彼女は、この日の内に、ブルースワンプフィールドを経って、ブレスベルゲンへと向かったのである。
それも——いや、この話は追々していこう。




