12日目午後-10
そして夕方から夜へと変わり、いつものメンバーが木下邸——その屋上へとやって来る。具体的には、騎士団のグラウベル、アリス、スミス、それに——、
「コエダ様!ブルス……えっ……(なにこれどういう状況?)」
——冒険者ギルドのカトリーヌである。
騎士団の関係者たち(?)のことは取りあえず置いておくとして……。そこに広がっていた光景を見たカトリーヌは、何か言い出そうとしていたものの、思わず眉を顰めながら固まった。というのも——、
「…………」ずーん
——アルティシアが、まるで親しい者の葬式でもあったかのような暗いオーラに包まれていたからだ。
ブレスベルゲン地方の領主たるアルティシアがなぜ落ち込んでいるのか……。その様子を見て想像を膨らませたカトリーヌは、一つの結論に辿り着く。
「(まさか……!)」
どうやらカトリーヌは、アルティシアが報告書関連で何かミスを犯したか、あるいは何か問題が生じたのだと思ったようだ。本来、国王から報告書を求められているという案件は、領主界隈しか知らない"極秘"と言っても良い事柄なのだが、木下家に出入りしていたカトリーヌの耳にも不可抗力的に入ってきていたので、彼女も心配していた1人だったらしい。
しかし、そんなカトリーヌの反応と、情報が漏れていることを一切合財無視して、小枝が問いかける。
「そういえばブルースワンプフィールドでの一件は、まだギルドには報告していませんでしたね。ここで聞きますか?」
小枝の発言は、いつも通りに少々強引なしゃべり方だっただけであって、特に深い意味は無かった。しかし、カトリーヌにとっては、国王関連の事柄で何かあったのだと余計に感じられてしまう話し方だったらしく、彼女は何かを察したかのようにして、2歩ほど後ずさった。
ただ、その内容を確かめるにも、明らかに自分の立場で聞けるような内容ではなかったためか、カトリーヌには面と向かって直接事情を聞くことは出来なかった。とはいえ、事情を聞かずにそのまま放置するといことも出来ず……。どう聞き出せば良いかを考えた彼女は、小枝に対し、こう問いかけた。
「もしかして……かなり不味い状況?」
対する小枝は、カトリーヌの発言に対し、いったん間を置いてから、返答を口にした。
「……えぇ、数がかなり増えているようです」
「えっ……」
「しかも最低、2種類確認出来ました」
「種類……?確かに増えてるわね……」
「今、根本的な対策を取っているところですが、結果が出るまでにはもう少し時間が掛かるかと思います」
「……それ、食事を摂ってても大丈夫なの?待ってたら状況が悪化していくだけじゃない?」
「いえ、これ以上、犠牲者が増えることは無いでしょう。根本的な対策を摂ることにしましたので」
「そ、それって……もしかして……殺っちゃったの?」
「いえ、積極的に殺ろうとは思っていません。いくらやったところで、無限に出てきそうですし……」
「そ、そんなに強かったのね……」
「強いかどうかは何とも言えませんが、今回は良い薬が出来たので、それを使う事にしました」
「……それ、バレない?」
「えっ?バレたら拙いのですか?」
「いや、そりゃそうでしょ。殺るときは秘密裏にやった方が良いと思うわ?これはギルドの一員としての忠告じゃなくて、友人の1人として忠告よ?もう乗りかかった船みたいなもので、後戻りが出来ないと思うから、それだけは言わせて貰うわね?」
「……分かりました。確かに、皆様にご迷惑をおかけする可能性が否定出来ないケースがありそうです。そのことについては十分に注意を払いながら進めていこうと思います」
「えぇ、お願い……」
と、なにやら合意に至った様子の小枝とカトリーヌ。しかし、その話を聞いていた他の者たちは、何か引っかかりのようなものを感じていたらしく……。複雑そうな表情を浮かべながら、首を傾げていたようだ。
アルティシアもその1人で……。彼女はパチパチと瞬きしながら、小枝とカトリーヌに問いかけた。
「あの……お二人とも何の話をされているのですか?」
「蚊の話ですが……」
「国王陛下の話……」
「……えっ?」
「……えっ?」
「……あぁ、ようやく合点が行きました。えぇ、そうですよね……。でも、カトリーヌ様。国王陛下を毒殺するなどという思考はどうかと思いますよ?まぁ、コエダ様の事を慮っての発言で、しかも本当にできてしまいそうですから、そう考えられても仕方のない事ですけれど……」
と、変な状態で噛み合っていた小枝とカトリーヌの会話の内容を思い出しながら、クスリと笑みを浮かべるアルティシア。対するカトリーヌは、その表情を青と白の色に変化させて……。しばらくの間は屋上の片隅で、ずーんと塞ぎ込んでいたようである。まぁ、それも、アルティシアから"お咎め無し"というお墨付きを受けて、BBQのジュージューというBGM(?)を聞くまでの話だったようだが。




