2日目-21
時は遡ること5分ほど。
「(あー、そうでした。あのプテラノドンが何という名前の魔物なのか、調べるのを忘れないようにしなきゃ……)」
小枝は依頼が終わったことを報告すべく、ギルドへと戻ってきていた。
太陽は既に傾き、町の中を月の柔らかな光が包み込んでいた。そんな町の中は、仕事帰りと思しき者たちの姿で溢れていて……。今日も仕事をやりきったという彼らの笑みを照らし出すかのように、淡い黄色に輝く魔導ランタンが、町の所々で輝いていたようだ。
そんな、異世界の色に包まれた町の中を、人混みに紛れながら小枝が歩いていると……。不意に彼女は不思議な気分に襲われる。
「(これが"働く"、と言うことなのでしょうか?)」
小枝は、今まで、人里離れた山奥で、引き籠もりに近い生活を送ってきた。そのため彼女は、人に紛れて働いた経験は無く……。こうして冒険者として依頼をこなすということが、新鮮なことに思えたらしい。
「〜〜〜〜♪」
彼女から鼻歌が零れる。……本物の人間ではない自分が、今この瞬間は人間らしく生きている……。そんな事を考えていると、不思議と嬉しくなってきたようだ。
「(さて……報酬を頂いたら、キラ姉様にお土産を買って、何か美味しいものを食べて帰るとしましょう!)」
小枝はそんなことを考えながら、にっこりと笑みを浮かべつつ、ギルドの扉を開けようとして——、
ジャキンッ!
バタバタバタッ!
「動くな!魔族め!」
——大勢の人々に囲まれてしまった。それも、武器を持った騎士や冒険者の集団に……。
「はい?」
あまりに突然のことだったためか、小枝は思わず聞き返してしまう。なぜ急に皆から武器を向けられなければならないのか、彼女にはまったく理解出来なかったのだ。
これが、アブラムシの駆除に出かける前の話なら、まだ理解も出来ただろう。しかし、彼女は、アブラムシの駆除を終えた後で、アリスと名乗る騎士から、悪いのはギルドの方、という説明を受けていたのである。しかも、魔族と呼ばれる有様。状況が急に変わりすぎて、小枝には、一体何が何なのか、理解出来なかった。
そんな彼女に対して、ある人物から声が上がる。
「そ、そうよ!アイツが魔族よ!ギルドの建物を滅茶苦茶にして、私たちを脅して、報酬を奪おうとしたの!ギルマスが大怪我を負ったのも、全部アイツが原因なんだから!」
朝方、小枝の対応をしたギルド職員のカトリーヌだった。ヒステリックに叫ぶ彼女の発言には、他の職員たちも、そうだ、そうだ、と声を上げていて……。ますます小枝に対する周囲からの視線がきつくなっていく。
それは、見た目が12歳くらいにしか見えない少女に対する仕打ちとしては、異常と言えるような状況だった。しかし、地球の歴史を見返してみると、一概にそうも言い切れず……。所謂"魔女"たちは、今の小枝よりも、さらに酷い仕打ちを受けていたこともあった。
魔女たちが迫害されていた原因については、文明が進んでいないために、娯楽に乏しいことが原因だったと考えられている。日々の鬱屈とした生活の中で溜まりに溜まったストレスのはけ口。それが魔女たちだったのだ。
この世界もまた、文明が進んでいるとは言い難かったので、弱い者を見せしめにするという旧態依然とした文化が残っていても不思議ではなかった。……そう、これは公開処刑。小枝という名の生け贄を使った、エンターテインメントだったのだ。
「おい!お前ら!何やってるんだっ?!」
どこからともなくそんな声が飛んでくるが、小枝の周囲に出来上がった祀り囃子の中では、誰にも通じず……。彼の声は空気に溶けるようにして、どこかへと消え去って行く。
そんな状況では、普通の人間なら、絶望に打ちひしがれて自暴自棄になってもおかしくないと言えるだろう。何しろ、自分以外は皆、敵。四面楚歌どころの話ではないのだから。
しかし、小枝は——、
「(さて……どうしたものでしょう?)」
——誰よりも冷静に考えていた。彼女は、早朝に数時間、自分の行動に後悔したばかりだったので、再び同じ轍を踏まないようにと慎重に考えていたのだ。
彼女の思考は早い。何しろ人間ではないのだから、流れる時間も考える時間も、人と同じではないのだ。
ゆえに、高速思考空間の中で、彼女は頭を回転させる。
「(逃げるというのも手ではありますが、それはこの段階じゃなくても大丈夫なはずです。まずはこの窮地をどうにか脱してみましょう。……いえ、ただ脱するだけではダメです。誰かに危害を加えるような事をすれば、余計に立場は悪くなっていくはず……。まぁ、捕まるつもりはありませんけれどね)」
考えを整理した小枝のところに、彼女に槍を突きつけていた体格の良い騎士から声が飛んでくる。
「罪状は恐喝、暴行、そして強盗だ。大人しく従って連行されれば——」
彼のその言葉が終わる前に、小枝が結論を口にする。
「拒否します」
「……お前、何を言っているのか分かっているのか?」
「以降、すべての事象について認否します」
小枝は一切狼狽えることなく、胸を張って騎士に言い放った。
それは異常な事だった。下手な発言をすれば、自分の命は無いというのに、まるで怖れている様子が無いのである。屈強な冒険者や盗賊だったとしても、今の小枝のように振る舞える者はどれほどいるだろうか。
ただ、彼女に武器を向けていた騎士——騎士団長グラウベルは、1人だけ、思い当たる人物がいたようである。
「(この者の眼……アルティシア様のような真っ直ぐな視線だ。間違いなく曲者だな……)」
彼が思い浮かべたのは、ブレスベルゲンの領主アルティシアだった。彼女もまた、病弱な自分の命を鑑みずに行動する人物だったので、その姿と今の小枝の姿が重なってしまったらしい。
とはいえである。片や領主、片や罪人。2人を比較をするというのは烏滸がましいこどだった。だからこそ、グラウベルは、自らの忠誠を捧げた領主と同じような視線を向けてくる少女のその態度が気に入らなかったようである。
ゆえに彼は一切の容赦なく——、
「……ならば、いまここで処刑する!」
ザンッ!
——小枝の命をこの瞬間に刈り取ろうとしたのだ。
"事象の地平線"の方でも、かなり前に魔女の迫害について書いたのじゃが、あの頃に比べれば、大分、コンパクトに説明できておるのではないかと思うのじゃ。
……多分の。