2日目-19
小枝は小枝でアブラムシを退治して……。そしておよそ1時間足らずで森からアブラムシの姿を見かけなくなった。
その際、アリスは、町から大量のミルクを補充して、それを自らアブラムシに吹き付けていたわけだが……。小枝は、アリスに言われたとおり、その行為を見なかった事にしたようだ。……と言うよりも、近づきたくなかった——否、関係者として見られたくなかった、と言うべきか。なお、小枝自身は、アリスのような方法でアブラムシを退治しておらず、木の枝でアブラムシの頭を突いて退治していたようである。
小枝がテントのある場所まで戻ってくると、そこには先にアリスが戻ってきていて……。彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、小枝のことを待っていたようだ。
「お疲れ様。コエダちゃん」
「アリスさんもお疲れ様です。虫はもういなさそうですし、日も暮れてきたので、そろそろ帰っても良いですか?」
「えぇ、もちろんよ?そもそも虫がいなければ退治のしようも無いからね。今日はありがとう。助かったわ。これで明日から通常勤務に戻れそうよ?もう虫なんて見たくないわ……」
「同感です。では、これが依頼書ですので、完了のサインをいただけますか?」
小枝が出した依頼書には、殺害したアブラムシの数が記されて、ギルドに提出すればその数に比例した報酬を払って貰えるはずだった。
ちなみに、小枝が殺害したアブラムシの数は、およそ5千匹。ペースとしては、大体1秒に2匹を殺害したことに相当する速度である。効率化を進めれば、さらにこの10倍程度まで高速化できそうだったが、農園や薬草採取でついつい人間離れした行動をとってしまったので、一応自重して人間アピールをすることにしたようである。……尤も、それでもなお、大幅に人間の常識を外れた討伐数だったりするのだが。
小枝は殺害したアブラムシを、証拠として麻袋の中に放り込んで、テントの横に積み上げていた。1つ袋の中にはおよそ400匹のアブラムシが入っており、それが13袋ほど積み上げられていて……。その麻袋からは緑色の液体——おっと、この話は止めておこう。
つまり、そこには、小枝が捕まえたアブラムシが証拠として残っていたのだ。にも関わらず——、
「もう、数えるのが面倒だし、殆ど全滅したと思うから、サービスしちゃうわね?」
——アリスは報告書に、1万匹のアブラムシを退治した、と書いた。1匹4ゴールドなので、金額にして4万ゴールド。どうやら、彼女は、袋の中身を確認したくなかったらしい。
そんなアリスに対して、小枝は言う。
「ごめんなさい、アリスさん。サービスしていただけるのは、とてもありがたいのですが、サービスする前の元の数を記入していただけませんか?どうも、ギルドの人たちが、私のことを信じてくれなくて、"活躍した"って書かれると、報告した時に疑いの目で見られてしまうんです……」
小枝がそう口にした途端、アリスの表情が曇る。
「なにそのギルド……。潰しに行かなきゃダメそうね……」
「えっ……そ、そんなこと……」
「あのね、コエダちゃん。この町の領主もそうだけど、この国の王様自体が、冒険者の活動を積極的に支援するって決めているのよ?チップ代わりに報酬をサービスことだって、ギルドの支出として正式に計上されているはずなんだから、サービスを遠慮なんてする必要は無いの。しかも何?優秀な冒険者のコエダちゃんの行動を疑うですって?それ、もう、職員全員打ち首よ?じゃなかったら町内引き回しのk——」
「え、えっと、そこまでされなくても結構です!明日、冒険者ギルドに行って、皆、処刑になって人が変わっていた、ってなったら、すごく寝覚めが悪くなると思いますし……」
「……コエダちゃんがそこまで言うなら処分は無しにするけど……でも、覚えておいてね?依頼書の注意事項に、制限事項が特記されていないにも関わらず、頑張ったことが報われないなんて、ギルドの職務怠慢でしかないんだから。もし不利益を被るようなことがあったら、私を訪ねてきて?そのときはギルドを滅ぼすなり何なり、力になるから!」
「は、はい……。その時はよろしくお願いします……」
少々過激な発言をするアリスに対し、小枝は戸惑いながらも頭を下げた。
そんな彼女は内心で、こんなことを考えたようである。……もしも朝の出来事——子供扱いされてギルドを追い返されたことをアリスに打ち明けたらどうなるのか、と……。
しかし、小枝が、朝の出来事を、アリスに打ち明けることは無かった。打ち明けたが最後、碌な結果にならない気しかしなかったからだ。
「(……ま、いいです。なるようになるでしょう)」
小枝は深く考えるのをやめると、町に戻ることにしたようである。もしも自分の手に余るような事が起こった時は——その時は町から逃げ出してどこか新天地を目指せば良い、と考えながら……。