2日目-18
一部ルビを追加したのじゃ?
冒険者ギルドで新たな依頼——果実が多く取れる森で異常繁殖した害虫を駆除する、という依頼を受けた後。
「(……あ、そういえば、冒険者の登録をする時に名前を"コエダ"って書いてしまいましたが、よくよく考えてみたら、私の性、正式には"木下"ですよね……)」
依頼を達成すべく、小枝は町の外を歩いていた。その道中、彼女は、自分の名前について考えていたようである。
というのも、小枝は普段、姉妹たちと過ごしている中で、"小枝"と呼ばれていたので自分に性がある事を忘れていたのである。小枝の名前は、彼女を作り出したマッドサイエンティストが名付けた"木下 小枝"が正式名称。彼女はガーディアンたちの中で、唯一、日本人らしい名前を持っていたのである。まぁ、その名前の意味は、ふざけているとしか思えないものだったが。
ただ、彼女の名前は、決してふざけて付けられたわけではなく、特別な意味があったようである。それは彼女だけが持つ特殊な能力と深く関係していたのだが……。それについてはもうしばらく先の話で触れようと思う。
小枝が街道をしばらく歩いて行くと、リンゴのような木ばかりが生える森へと辿り着いた。季節はまだ春だったので、木に果実は実っておらず……。ただの何も無い森のように見えていたようだ。
そんな森の入り口には、ブレスベルゲンの騎士団のものと思しきテントが張られていて……。そこにはこんな立て看板が立てられていた。
"害虫対策室"
「……日本語なんですよね……この世界の言葉って……」
いったい、どんな経緯があって、日本語がこの異世界に広まることになったのか。そこには、複雑な事情(?)があって、とある人物がすべての原因なのだが……。その者と繋がりの無い小枝には、知るよしの無い事である。
まぁ、それはさておいて。小枝は手元にあった依頼書を確認する。どうやらその"害虫対策室"が、今回の依頼を出した相手らしい。
「こんにちはー?」
外には誰もいない様子だったので、小枝はテントに向かって呼びかけた。すると、げっそりとした表情の女兵士が一人だけテントの中から出てくる。どうやら彼女はブレスベルゲンの騎士の1人らしい。
そんな女騎士の様子を見て、小枝は思わず質問した。
「あの……大丈夫ですか?具合、悪そうですけど……」
小枝の問いかけに、女騎士は溜息を吐きながら返答する。
「こんにちわ、お嬢ちゃん。実はね、私……虫が大嫌いなんだけど、ここの森で起こってる害虫の異常発生の対策を任されちゃったのよ……。この前、上司を殴ったのが原因みたいでさ……」
「そ、そうなんですか……。それはお気の毒に……(そりゃ、上司を殴ったら左遷もされますよ……)」
「えぇ、ホントね……。それで、お嬢ちゃんは何の用かしら?」
自分を子ども扱いしてくる女騎士に思うところはあったものの、小枝はそれを表に出さずに、手短にこう答えた。
「私、害虫駆除をするためにやってきた冒険者です。はい、ギルドカード」
その途端、女騎士が、カッと目を見開く。
「お、お嬢ちゃん……いえ、あなた何歳?!」
「えっ?18歳ですけど……」
「タメじゃない……」
「えっ……」
「どうやったらそんなに若作り出来るのよ……」
「いや、18歳とか、若作りするような年齢じゃないですよね?というか、幼く見えるの気にしてるんですから、そういうこと言うのやめてください」
「そ、そう……」
と言いつつ、小枝の胸に視線を下ろす女騎士。その後、彼女が満足げな表情を浮かべたのは、何か不毛な理由の優越感でも感じたからか。
そんな女騎士の失礼な態度に、小枝は眉をピクピクと痙攣させながら……。しかしそれでも我慢して、依頼について問いかけた。
「それで、どのような害虫を退治すれば良いんですか?」イラッ
「えっとね……あ、いたいた!あれよ?あれ」
女騎士はそこに落ちていた石を拾い上げると、それを10mほど離れた場所にあった木を目掛けて放り投げた。
すると、その石は、木の幹に当たるのだが——、
「惜しいっ!」
——害虫には当たらなかったようである。
「なるほど、あれですか……」
小枝の視線の先にいたのは、巨大なアブラムシだった。動きが緩慢な6本足の昆虫で、大きさは直径5cmほどの球状。樹の幹に管を刺して、そこから養分を吸い取るらしい。果実などにも容赦なく管を刺すので、害虫扱いされており……。数が増えすぎると森を滅ぼしてしまうほどの被害を出すのだとか。
その様子を見て、小枝はつぶやく。
「牛乳……は無いかもしれませんけど、山羊のミルクとかを吹き付けたら良いのではないですか?」
それに対し、女騎士が、何を言っているんだ、と言わんばかりに返答した。
「そんな勿体ないこと出来るわけがないでしょ。そもそもミルクを吹き付けたらどうなるって言うの?」
「虫のお腹には、小さな気孔という穴が開いていて、彼らはそこから息をするのですが、ミルクを吹き付ければ、それが乾燥してカピカピになって……そのせいで呼吸の穴が塞がって、彼らは窒息死するのです」
「えっ……なにそれ……」
「えっ?畑仕事をしてる人にとっては常識じゃないですか?」
「えっ……知らないわよ……。私、騎士だし……」
「だったら、試しにミルクを吹き付けてみてください。あれだけのサイズなのですから、潰そうとしたらそれはもうグシャリと飛沫を——」
「ちょっ、ちょっと待って!それ以上は言わないで!今、ミルク持ってくるから、黙ってて!良いわね?お願いよ?!」
よほど虫が嫌いなのか、両手を小枝に向けて、彼女の発言を遮ろうとする女騎士。
そんな彼女は、持参した食料品の中にあったミルクをテントの中から取ってくると——、
「……誰にも言わないでね?」
「…………?」
「……ブフッ!」
「あー、なるほど……」
——ミルクを口に含んで、それを巨大なアブラムシに向かって吹き付けた。霧吹きが無かったので、そうするしか方法がなかったらしい。
それからしばらく経って、ミルクが乾燥すると……。小枝が言ったとおり、アブラムシは木から落ち、無事、昇天したようである。その様子に喜んだ女騎士——アリスは、それはもう、喜々とした様子で、自ら森中のアブラムシにミルクを吹きつけに行ったようだ。
その後ろ姿を眺めながら、小枝は申し訳なさそうに小さく謝る。
「……なんというか……その……ごめんなさい!アリスさん!」
完全に女性である事を諦めたかのような行動をするアリスに向かって、小枝はそう口にするのだが……。彼女のその言葉が、当人に届くことは無かったようだ。




