11日目午前-02
眠れないエカテリーナのことを寝かしつけた後(?)、小枝が早朝に向かった先。それは、自宅の隣にある建物だった。つまり教会である。
教会は、町の中のどの施設よりも早くから活動を始める。日が昇るより——つまり、女神たちが目を覚ますよりも早く目覚めて、祈りを捧げなければならないからだ。
ただ、ブレスベルゲンの教会関係者たちの場合は、もう1つ——いや2つだけ、朝にやる日課が多い。その1つが——、
「……今日もですか」
「コエダ様。おはようございます。今日もあなた様に幸運があらんことを……」
「「「幸運があらんことを……」」」
——早朝にやってくる小枝に対して祈りを捧げるというものである。それも、女神の一人を崇めるかのようにして。
「シェムさん、それに皆さんもそうですが、私は祈られるような事はまったくしていませんから、祈られていただいても困ります」
「これは朝の挨拶のようなものです。私たちが自主的にやっていることですから、お気になさらないでください」
「「「…………」」」にっこり
「(自主的にやっていると言われると、やるな、とは言えないのですよね……)」
もしも小枝に対して恩義を感じている、という旨の理由を口にしていたなら、小枝は「迷惑だ」と言ってやめさせるつもりでいたようである。しかし、シェムたちはそのことを予想していたのか、小枝に向かって祈る理由は何も言わずに、ブレスベルゲンにはそういった風習がある、とだけ答えて、皆で自主的に祈りを捧げていたのだ。結果、シェムたちの思惑が分からなかった小枝としては、明確な理由も無く嫌とは言えず……。苦言を呈することは出来ても、断ることは出来なかった、というわけである。
そんなシェムたちを前に、小枝は居心地の悪さを感じたのか、話を先に進めることにしたらしい。ちなみに、小枝がシェムたちから崇められている(?)理由は、小枝の次の発言と行動に原因があった。
「では、審問官さんのところに行きましょうか?あぁ、その前に、これが今日の差し入れです。今日のメニューは、おからのハンバーグですよ?」
ようするに、シェムたちの胃袋は、小枝に支配されていたのだ。教会が用意した食事を拒絶した審問官に対し、無理矢理に食事を食べさせるために、小枝が一枚噛むことになったのだが、審問官だけに食事を用意して、それをシェムには食べさせないというわけにはいかず、そうなるとシェムの同僚たちにも食事を提供しなくてはならなくなり……。いつの間にか教会全体が、小枝の手中に堕——いや、小枝の料理の虜になっていたのだ。なお、名目上は寄付に当たるようだが、一般的な寄付とは随分と扱いが異なっていた点については言うまでも無いだろう。
「「「?」」」
「はんばーぐ?」
「食感はお肉に近いですが、お肉はまったく使っていないお料理です。あり合わせのもので作りましたから、お口に合うかどうかは分かりませんので、あとで感想を教えてください」
「「「「はいっ!コエダ様!」」」」ザッ
「(……この教会、本当に私のことをどう捉えているのでしょうね?)」
感想を教えて欲しいと口にした途端、シスター・神父たちは皆、申し合わせたかのように、小枝に向かって祈りのポーズを取った。実際、もしかすると、小枝が料理を持ってくることを前提にして、事前に申し合わせていたのかもしれない。
そんな空気の中で居たたまれなくなってきたのか、小枝はその場を後にすることにしたようだ。ブレスベルゲンの教会関係者の日課、その2。審問官のところに食事を持っていくというタスクをこなすために。
……と、その前に。小枝には何やら気付いたことがあったらしく、その質問をシェムへと投げかけた。
「では、審問官さんのところに行きましょうか。ところで……ハザさんはどうされたのですか?」
ブレスベルゲンの教会の代表者は司祭のハザである。そして彼は、小枝に向かって祈りを捧げ始めた最初の1人。しかし、彼の姿は珍しくその場には無く……。小枝としては、あるべきものが無いような、喪失感に近いものを感じたらしい。
その理由をシェムが答えるのだが……。どうやら複雑な事情があるらしく、彼女は戸惑いを隠さずに口を開いた。
「実は……体調を崩してしまわれまして……」
「風邪、ですか?」
「えぇ、王都の教会本部から何か書類が届いたようなんですが、ここ数日、夜遅くまでその対応に追われているようで……そのせいで体調を崩して風邪を引いてしまったようなんです」
「王都からの書類……(大変ですねー……と人ごとのように片付けられれば良いのでしょうけれど、恐らく、審問官さん関連の報告を求められているのでしょう)……これは早急に、審問官さんをどうにかしなければならなそうですね」
「えっ?」
「事情は分かりました。ともかく審問官さんのところに参りましょう。ハザさんの多忙を解決するには、まず審問官さんに協力を取り付けなければならなそうですから」
小枝はそう口にすると、教会を出口の方へと向かって歩き出した。彼女の次の行き先は騎士団が所有する牢獄。そこにいる渦中の審問官に、食事を渡す事はもちろんのこと、それ以外にも色々と用事があったのだ。……そう、色々と。




