2日目-16
「どうするんだよ……。元はと言えば、カトリーヌが、ちゃんと対応していれば、こんなことにはならなかったんじゃないか!」
「何?じゃぁ、全部私のせいだ、って言いたいの?だったら、なんであなたは、私の対応が間違っているって指摘してくれなかったのよ!」
ギルド職員たちは、そこに冒険者たちがいるというのに、隠すこと無く声を荒げた。何と言っても、今は、ギルドどころか町の存亡が掛かった一大事なのである。直接手を下すことなく、元A級のギルドマスターごと、ギルドの内部にいた全員を制圧できるほどの力を持った少女が、ギルドに敵対しようとしているのだから、周りのことなど構っていられるような状況ではなかったのだ。
「……誰かのせいで俺ごと潰されていたからな。いや、俺だけじゃない。施術院に運ばれたギルドマスターだって、他の職員たちだって、冒険者たちだって、皆そうだ!」
「っ!」
「……だがな、今は終わったことなんてどうでも良いんだ。問題はあのコエダって新人の冒険者をこれからどうするかだよ。ギルドマスターがいないんだから、俺たちだけでどうにかするしかないだろ……」
その言葉に、最初の小枝に対応した受付嬢のカトリーヌは反論しなかった。否、出来なかったのである。今のところ自分たちは生きているが、小枝が少しでもへそを曲げれば、これからどうなるかは分からないのだから、そこに私情を挟むような余裕は無かったのだ。
ゆえにカトリーヌは、ひょろりとした体躯の男性職員——ダニエルに対してこう提案する。
「……もう、騎士団に通報するしかないでしょ。私たちの手に負える相手じゃないわ!」
今までギルド職員たちが、この町の警察とも言える騎士団に小枝の事を通報しなかったのは、責任問題に発展するかも知れないと怖れていたからだった。領主や国内にある他のギルドからは、強い力を持った冒険者を大切にするよう通達が来ているのである。しかし、このギルドでは、小枝を子ども扱いして追い出そうとしたのだから、それを領主たちに知られると責任問題に発展する可能性が高かったので、今まで騎士団には通報せず、内々の問題として済ませようとしていたのだ。
あるいは"冒険者"という明らかな戦力を有しているというのに、小枝のことをまったく抑えられなかったことも、彼らが騎士団への通報を渋っていた理由だったと言えるかも知れない。たった一人を相手に、百人近い冒険者たちが太刀打ちできなかったのだ。その事実を知られてしまえば、ギルドのメンツは丸つぶれ……。外に助けを求めるなど出来るわけがなかったのだ。
「いやいや、それは拙い!」
「……何でよ?そういえばあなた、頑なに騎士団に通報するのを嫌がっていたわよね?」
「当然だ。あの子を追い出そうとしてこちらが被害を被ったと報告すれば、こちらの力量を問われるだけで無く、余計な責任まで問われかねない事態になる。場合によっては、あの子に対応した人物が罰せられて、打ち首になるかもしれん。……お前のことだよ。カトリーヌ」
「なっ?!……じゃ、じゃぁ、あの子を追い出すようなことした、っていう部分は伏せて、一方的に襲われたってことにすれば……」
「そのときは逆にあの子の方に殺されるだろうな……」
「…………」
八方塞がり……。こちら側から騎士団に通報するような事をすると、たとえどんな言い訳をしたとしても、自分の首が吹き飛ぶ未来しか無いことに気付いて、カトリーヌは両手で頭を抱えた。その後、彼女の肩が小さく震えていたのは、自分の行いを今更になって後悔していたから、なのかも知れない。
……このような事情があって、冒険者ギルドは、小枝の事を犯罪者として扱うことが出来なかったのである。もしも小枝が消息を眩ませるようなことがあれば、話はまた別だったかも知れないが、彼女は今も堂々と依頼をこなしていたので、不審者として通報することも出来なかった。
なので——、
「内々でどうにかするしか無いだろ……」
——ギルドには、合法的な方法で小枝を罰することは出来そうになかった。
ゆえに、彼らが、小枝を罰する方法は2つ。ギルドの中で起こったことをすべて忘れて小枝のことを受け入れるか、あるいは表の社会には出てこない"影"の者たちに小枝の始末を依頼するか……。そのどちらかである。
ただ、その後者の選択をした場合、少しでも対応を誤れば、今よりも悪い方向どころか、予期すらできない破滅的な方向へと事態が進む可能性があって……。ギルドの職員たちとしても、それだけは選択したくなかったようである。
なら、すべてを忘れて小枝に対応すれば良い、という話になるのだが、実際はそうならなかった。……そう、彼らにはプライドがあったのである。そして何より、小枝という人物をまだよく知らなかったのだ。
その結果、ギルド職員たちは、再び判断を誤ることになるのだが……。その先にある未来を予想できていた者は、誰一人としていなかったに違いない。