9日目午前-09
小枝が、アルティシアとノーチェを納得させた後。一行はグレーテルの転移魔法でブレスベルゲンへと戻り……。そして冒険者ギルドへとやってきた。
「カトリーヌさん、納品良いですか?」
「あぁ、コエダ様。ちょうど良いところに――」
「昼食は用意していませんよ?」
「んなっ……じゃなくて、そうじゃなくて……いや、そうじゃなくないけど……」
「何かあったのですか?」
「……えぇ。実はブレスバイソンを狩ることになったんだけど――」
「お断りします」
「いや、まだ全部言ってないから……」
「私に狩りに行くよう依頼されるわけではない、と?」
「もちろん、狩ってもらえるならそれに超したことは無いけど、そういうわけじゃないわ?実はね……今朝、コエダ様に見せてもらった、あの"動物行動学"の本、あるでしょ?あれに従って、試しにブレスウルフを狩ってみたんだけど、なんか拍子抜けするくらいにあっさりと狩れちゃってさ?それで今度はブレスバイソンを狩ろうと思うんだけど、さすがにあの巨体だから、何かあったときにコエダ様に見ていてもらえたら助かるかな、って」
「なるほど。早速役に立っているようですね」
「えぇ。まさか、魔法を使わずに道具を使って魔物を捕まえようだなんて誰も思わなかったから、青天の霹靂だったわ?」
「そうだったのですか……。まぁ、それでもお断りしますけど」
「はぁ……ダメか……」しょんぼり
「(なるほど、この世界の人々が、魔物に勝てない理由がよく分かりました。魔法に頼りすぎなのですね……)」
小枝には魔法というものがどういったものかは理解できなかったが、大まかな構図だけは容易に想像が出来たようである。すなわち——人と魔物が"魔力"を使った綱引きをして、力負けしているのだ、と。
それと同時に彼女の中に、疑問が浮かび上がってくる。
「道具を使って魔物を捕らえるというのはとても基本的なことだと思うのですが、なぜ今までそうされてこなかったのですか?」
小枝が問いかけると、カトリーヌは、んー、と考え込んで唸ってから。こう返答した。
「多分、教会が魔法の使用を推奨してるからなんじゃないかしら?」
その返答を聞いた瞬間、小枝は推測する。
「(魔法を使わずに魔物を狩る人間は"魔女"、あるいはそれに類する"異端者"ということですか。人を統率するための方法なのか、それとも魔物の狩りすぎを抑制するためなのかは分かりませんが、少なくとも現状では、自分の首を絞めているようなものですね。しかし、そうなると、このままではカトリーヌさんは、"魔女"ということになってしまいそうです。さてどうしたものでしょう?)」
自身がカトリーヌに知識を与えたことが原因で、彼女が魔女認定されるかもしれない……。小枝はチラリと後ろを振り向いて、リアル魔女を一瞥しながらふと考えた。
「……何よ?」
「いえ、困ったなと思いまして」
ここまでの小枝とカトリーヌのやり取りを聞いていたためか、小枝が何に対して懸念しているのか、魔女たるグレーテルには理解できたようである。結果、グレーテルがカトリーヌに向かって対して助言を口にしようとしたとき――
「私のことは心配しなくても大丈夫よ?多分、私が捕まるよりも先に、コエダ様が捕まりそうになって、何かとんでもないことをする気しかしないし……」
――カトリーヌの方が先に口を開いた。
するとその言葉に反応して、グレーテルが相づちを打つ。
「それ、同感。コエダちゃんのことだから、王都の教会とか、一撃で滅ぼすんじゃない?」
「ふふっ、さすがのコエダ様でも、それはありませんよ」
「ふふっ……そうなら良いんだけど、やりかねないのよね……」
「……えっ?」
「いえいえ、滅ぼすようなことはしません。そんなことをするくらいなら、教会の方に、新しい人の統率方法について"強制的に"学んでいただく方が効果的ですし、それに誰も傷つかなくて済みますから」
「……ね?」
「…………」
「まぁ、そんな些細なことは、現実に起こったときに考えましょう。というわけで、カトリーヌさん。ブレスバイソンの狩猟、頑張ってください。応援だけしています。まぁ、ちゃんと教えたとおりにすれば、失敗することは無いはずですが」
小枝はそう言った後で、カウンターの上にサイコロ状の物体を置いた。魔女の森と平原を隔てる断崖絶壁の洞窟で採取してきたフロストタイトである。
「納品物です」
「……あぁ、フロストタイトね。……なんか普通ね」
そう口にして微妙そうな表情を浮かべるカトリーヌを見て、グレーテルは不敵な笑みを浮かべた。
するとそれに気付いたカトリーヌが怪訝そうに眉を顰めるのだが……。その間も、サイコロ状のフロストタイトを置き続ける小枝の手は止まらない。
フロストタイトは、小枝が異相空間から取り出す度に、徐々に大きくなっていったようである。最初は1cm角。それが2cm、5cm、10cmと変わって、ついには30cm角という大きなものを出すに至った。
「えっと、こんなに大きいのをカウンターに置かれても動かせないんだけど……」
「そうですか?じゃぁ、そろそろやめておきましょう。サイズまで指定が無かったので、とりあえず様々なサイズで切り出して並べてみたのですが……納品するなら、どのサイズがいいですか?」
「そうね……人が持ち運べるくらいがちょうど良いから、これくらいがベストね」(10cm角)
「わかりました。では少々お待ちください」
小枝はそう言うと、首を傾げるカトリーヌを放置して、その場の空中に――、
ブゥン……
――と巨大なフロストタイト塊(5m角)を異相空間から顕現させた。それに彼女が手を触れると、まるでパズルキューブのごとく、小さなブロックに分割されていき……。カトリーヌが言った通りに10cm角のサイコロ状になる。
「はいどうぞ。ここに置いておけば良いですか?」
「ア、ウン……。ソコニ置クト、床ガ抜ケルカラ……って現実逃避してる場合じゃないわね……何なのよこれ……」
「何って、見ての通りフロストタイトですが?」
「…………」
空中に浮かぶ無数のブロックについて、いっさい説明する気が無いのか、シレッとした様子で首を傾げる小枝。そんな彼女を前にして、カトリーヌは頭を抱えてしまったようだ。もちろん、小枝のつっけんどんな態度に対して頭が重かったわけではない。小枝が未知の力を使うことに対して、まったく隠そうとしておらず、どこから突っ込んで良いのか分からなくなってしまったのだ。
結局、その後、カトリーヌには手が余ることだったためか、彼女はフロストタイトが宙に浮いているという謎現象(?)には一切触れずに、淡々と納品の手続きを行うことにしたようである。そんなカトリーヌに対し、少なくない者たちから羨望の眼差しが向けられていたようだが……。その理由は定かでない。




