9日目午前-02
「お願い!頼むから、魔物狩りに出て!普通の冒険者の50倍報酬を払うから!」
「無駄な殺生はしませんので、お断りします」
「そこをなんとか……!」
「お断り、します」にこぉ
朝の冒険者ギルドでは、コエダとカトリーヌとの攻防(?)が繰り広げられていた。虫の討伐が禁止されたために、普通の魔物の肉が必要となり……。しかし、普通の魔物は恐ろしく強かったので、冒険者だけでは太刀打ちできず、小枝に白羽の矢が立ったのだ。
しかし、小枝がギルドからの依頼に対し、首を縦に振ることは無かった。彼女は、時折シチューパーティーから差し入れられる肉だけで十分なのだ。さらに言うと、小枝が狩りをするということは、つまり一方的な虐殺にしかならないので、倫理的にも問題を抱えていたのである。ギルド側としては知ったことでは無かったものの、小枝からすると一度タガをはずすと元に戻れなくなるような気がしたらしく、ギルドがどんなに報酬を上積みしても固辞し続けることに決めていたようだ。
「どうしてやってくれないの?」
「ポリシーですから」
「ポリシーって何よ……」
「私が私であり続けるためのルールです」
「もう……この町の存続が掛かってるのよ?!この町がこの町であり続けるための危機なの!領主様の指示でもあるのよ!」
「領主様の指示……」
そう呟いて後ろを振り向く小枝。そこには苦笑を浮かべて、『多分、カーチャ』と口を形作っている領主の姿が……。
「だったら、領主様……と言いますか、お代官様にはこうお伝えください。金輪際、チョコスティックは届けない、と。キノシタと名乗る通りすがりの女性が言っていたとお伝えいただければ、すぐに方針を転換されるはずです」
「……なにそれ?」
「お代官様を黙らせる魔法の呪文です」
「よくわかんないけど、コエダ様としては、領主様もお代官様も怖くないってことね……」
「えぇ、まぁ。領主様とは顔見知りですし……」
「……でしょうね」
むしろ、顔見知りではない方が不思議、と脳裏で考えるカトリーヌ。小枝は、一人でギルドを滅ぼせるほどの力を持っていて、その上、ブレスベルゲンの一等地とも言える場所に大きな自宅を構えているのだ。そのことを考えれば、どこかで領主と繋がっていてもなんらおかしくない――そんな結論に辿り着いたらしい。
ちなみにその領主は、森の魔女と、魔物の少女と共に、掲示板の前で、今日はどんな依頼をこなそうかと話し合っていたようである。その際、彼女たちは、しきりに、ドラゴンの討伐依頼を指さして、ドラゴン肉の味についての談義していたようだが……。小枝は気付いていても、努めて気にしないふりをしていたようである。
そんな小枝には、自身に降り掛けられるカトリーヌの火の粉(?)を上手くよける奇策があったようだ。
「その代わりと言っては何ですが、はい、カトリーヌさん。プレゼントです」
そう言って小枝が差し出したのは、1冊の本。表紙には何も書いていない、ただ紙を束ねただけのシンプルな書籍だった。
「何これ……あぁ、教科書の新作?」
「えぇ、そうです。後ろの3人を含めて、皆さんに見せるわけにはいきませんので、今ここで読んでください」
「ちょっと、いま業務時間中――」
「えぇ、業務に関することですから問題は無いはずです」
「……そこまで言うなら分かったわ」ぺらっ
そしてカトリーヌは本の中身に目を通し始めた。その直後、彼女の目がカッと見開かれる。
それから3分ほど経って——、
「なるほど。今日のも面白かったわ」
——どうやら読み終わったらしい。
「"動物行動学"ねぇ……。確かに魔物を相手にするギルドとしては、興味深い内容ではあったけど、ちょっと私の業務とは離れ過ぎた内容だった気がするんだけど――」
「そこはカトリーヌさん次第ですね。試しにその知識を使って魔物を狩る方法を考えてみてはいかがですか?例えばあの巨大な魔物。ブレスバイソンを狩る方法は無いか、とか」
「そんな、簡単に狩れるなら、誰も苦労して――」
その瞬間だった。カトリーヌの脳裏に眩い閃光が、ビビッ!、と走る。
「……?相手は背の高い魔物……ってことは落とし穴系の罠が使えるわね。しかも確か彼らは、同じ水場を転々と回っているはず……。だったら、水場に毒物を仕掛ければ……いえ、巡回経路に大規模な罠を仕掛けた方が手っ取り早いわね。動きを抑えるのは魔法……いえ、ロープ……そう、ロープよ!相手は火魔法を使わないんだから、ローブで縛り付けて、ロープを燃やさないような魔法で攻撃すれば――」
「(……なんと言いますか、カトリーヌさんって、自分の世界に没頭される方だったのですね……)」
何やら嬉々とした様子でブツブツと独り言を口にし始めたカトリーヌに対し、生暖かい視線を向ける小枝。
それから彼女は、思考に耽るカトリーヌをその場において掲示板の方へと向かうのだが……。それでも思考をやめないカトリーヌに対し、他のギルド関係者や冒険者たちは、不気味な――いや、可哀想なものを見るかのような視線を向けていたようである。なお、言うまでも無いことかもしれないが、その原因となった小枝は、カトリーヌを取り巻く状況にまったく気付いていない様子であった。




