2日目-12
「薬草♪薬草♪」
小枝は町の中を嬉しそうに歩いていた。挽回できないと思われたほどの窮地から脱して、無事に(?)冒険者になれたのである。思わずスキップしてしまうほどに嬉しくなっていたのだ。
そんな彼女が初めて受けた依頼は、Fランク冒険者に向けて常時張り出されていた依頼——薬草採取だった。この薬草、ブレスヨモギは、傷薬の材料になるだけでなく、鎮痛剤や、虫下しなど、様々な薬を製造するためのベースの材料として重宝される薬草だ。
ちなみに、ブレスヨモギを採取するという依頼は、端的に言ってしまうと、子どものお使いのようなものである。綺麗に摘めば良いだけなので、誰でも出来る作業だからだ。実際、少なくない数の町の子どもたちが、小遣い稼ぎとしてこの薬草を採取し、冒険者ギルドなどで買い取ってもらっていたようである。
もしも小枝が"子どものお使い"であることに気付いた上、虫の居所が悪かった場合、また彼女の堪忍袋の緒が千切れ飛ぶ可能性も無くはなかったが……。初めての依頼にテンションが上がり気味だった今の彼女なら——、
「ブレスヨモギ、ブレスヨモギ、っと♪ふふふっ♪」
——どうにか乗り切れそうな雰囲気が漂っていたようだ。
そんな小枝は、町の中を移動しながら、目的のブレスヨモギについて、情報を確認していた。ギルドの中にあった薬草の図鑑は、既に全巻、記録回路の中にコピー済み。つまり、今、彼女の視界には、グルグルと回るブレスヨモギのモデルが表示されていたのだ。
「(葉っぱがギザギザで、先端が少し丸くて、緑色をしていて……。背丈が50cm以上に育っているものが理想。ただし、80cm以上に育ってしまうと、薬効が薄れていくのですねー。根っこから採取すると生えてこなくなってしまうので、やっちゃダメっと。山菜と一緒ですね)」
何度も繰り返してブレスヨモギの三次元モデルと採取の際の注意事項を確認していると、いつの間にか彼女は、町の正門に辿り着いていた。そこでは、町から出る者たちの身分証を確認している門番の姿があって、なにやら注意深くチェックしている様子だった。
その様子を見た小枝は、少しだけ緊張してしまう。
「(……大丈夫でしょうか?このギルドカード……本当に使えるのでしょうか?)」
もしや、偽物のギルドカードを渡された可能性もあるのではないか……。小枝の中で冒険者ギルドの評価が地にめり込んでいたせいか、彼女は貰ったギルドカードが本物かどうか心配になってしまったようである。
しかし、自身の後ろにも少なくない者たちが並んでいたこともあり、彼女は心配しつつも門番に対しカードを差し出した。結果——、
「……よし!行って良いぞ!」
——特に問題は無かったようである。
「(ちゃんとしたカードだったみたいですね。少しギルドの評価を見直しましょう)」
どうやら彼女の中で、冒険者ギルドの評価が1mmほど上がったらしい。まぁ、それでも、依然として、マリアナ海溝よりも深く地中に突き刺さったままだったようだが。
こうして小枝は、1日ぶりに、町の外へと出たのである。
◇
町を出てからと言うもの、小枝は脇目も振らずに草原を歩いた。昨日、ブレスベルゲンにやってきた際、経路上にあった植生については分析が終わっていたので、どの辺りにブレスヨモギが群生しているのか分かっていたのだ。
「(大量に持ち帰れば、ランクアップに必要なポイントが沢山貯まるはずですけど……そんなことをしても、消費しきれなければ無駄になってしまいますし……。そうなれば、薬草さんがかわいそうです)」
無駄に命を刈り取ってまで、ランクを上げる必要はあるのか……。小枝は歩きながら、どう行動するかを考えていた。
「(魔物を狩る?それこそ大量虐殺になってしまいそうです。すべてのお肉を食べて、素材を使い切るなら、それもまたアリだとは思いますが、おそらくは需要と供給のバランスが保てなくなることでしょう。あるいは狐さんのように、お肉が美味しくなさすぎて、皮だけ剥がされて中身は捨てられてしまうかも知れません。それではあまりに可哀想です。……もっと他に、ランクを上げる方法は無いものでしょうか……)」
彼女が知る限り、小説などの物語で見る冒険者たちのランク上げは、主人公補正(?)を利用した絶対的な力に頼った方法が殆ど。そして、この世界でも、それと大差ない方法でランクが上げられそうであることは明白だった。しかし、本当にそれでいいのか……。実際に自分がランクを上げる立場になった今、小枝には色々と考えてしまう事があったようである。
そんなことを考えているうちに、彼女は目的の森に到着した。森と言うには小さすぎて、林と言うには大きい——そんな場所だ。
小枝の記憶によると、ここには相当量のブレスヨモギが生えているはずだった。まだ森の中には足を踏み入れていないというのに、彼女がいたその場所からも、すでに100株以上のブレスヨモギの姿が見えていて……。彼女の記憶と分析に誤りは無かったようである。
「(今日はとりあえず、この森にある2%の薬草を採取することにしましょう。量にして30kg程度ですから、町の中で流通しても使い切れないということは無いはずです)」
ランク上げの良い案を思い付けなかった小枝は、とりあえず考えるのをやめて、採取に集中することにしたようである。……ちなみに、普通の冒険者の場合、薬草を探すところから始めなくてはならないので、どんなに多くても1日に採取できる薬草の量は、2kg程度だったりする。
それを知らずに、小枝は黙々と手を動かした。すると、彼女が道中歩きながら作った麻袋は、みるみるうちに膨れ上がっていって……。1分もしないうちに、一般の冒険者が採取する量の2kgを大きく越えてしまったようである。雰囲気としては、大量の薬草が散らばっている場所で、吸引力の変わらない掃除機を掛けているのと似た状況、と言えるかも知れない。
そんな時。彼女の所へと、怪しげな影が近付いてきたのである。それも自分たちの気配を可能な限り隠しながら……。
これを書いておった時、斬新な方法でランクアップはできないものかと考えておったのじゃ。




