8日目午前-15
「……というわけで、午後はちょっと行ってこようと思います」
「うん、行ってらっしゃい」もぐもぐ
「なんか、とても自然な感じで昼食を食べていますが、良いのですか?アリスさん。グラウベルさんに見つかったら、怒られますよね?」
「ううん、大丈夫。朝の分の貸しがあるし……」
「……そうですか(それは暗に、グラウベルさんの分の昼食も作って欲しいということでしょうか?それとも、グラウベルさんがアリスさんの分の朝食も食べてしまったということでしょうか?)」
エカテリーナが倒れた、という情報を小枝に話した後、アリスはそのまま木下家に居座っていた。どうやら彼女の目的は、エカテリーナが倒れたことを告げに来たことではなく、最初から昼食を貰う事が目的だったようだ。
一方、アルティシアは、エカテリーナが倒れたという情報を、昼食の場で初めて聞くことになった。その結果、彼女は、顔面を青く染め上げながら、驚いたように立ち上がる。
「あ、あの……大丈夫なのですか?!」
「え、えっと……はい。団長はいつも裏でコソコソと美味しいことをしているので、今日くらいは私が——」
「いえ、そうではありません。エカテリーナのことです。彼女が倒れたのは……もしかして、私が館を抜け出したからでは……」
アルティシアは、苦々しい表情を浮かべながら何かを考え込むように俯いた。その様子を見る限り、何か責任のようなものを感じているらしい。
そんな彼女に対し、小枝が事情説明を追加する。
「あ、いえ、そうではないようですよ?確かアルティシアちゃんは、エカテリーナさんにチョコスティックを取り上げられたと言っていましたよね?」
「……今思い出しても強い怒りがこみ上げてきます」ゴゴゴゴゴ
「実は、そのチョコスティックが原因だったようなのです」
「……?それはいったい……」
……どういうことなのか。チョコスティックを食べたことと、倒れるということが線でつなげられなかったアルティシアは、小枝に対して事由を問いかけた。
対する小枝は、アルティシアに対して——いや皆の前でどう返答しようかと悩んだようである。もしも、チョコスティックを食べたことが一種の禁断症状を生じさせるきっかけになった、などと答えてしまえば、普段どころか現在進行形でアルティシアたちが食べている小枝の食事にも何かしらの効果が含まれているのではないか、と勘違いされてしまう可能性があったからだ。
もちろん、小枝の作る食事に禁断症状が生じるような毒性は無い。現代世界の知識を使って作った食事がただ単に美味しいだけである。最悪、食べたくなったら、自分で作れば良いだけの話なのだ。
ゆえに小枝は——、
「……お話を伺ったところ、以前食べたチョコスティックの味が忘れられなくて、他の食事が喉を通らなくなったらしいですよ?」
——と、ありのままを説明することにしたようだ。
すると幸い、アルティシアも他の者たちも、誰も誤解することなく、皆納得げに相づちを打つ。
「なるほど……。たしかに、コエダ様が作るお食事を食べると、他の料理が食べられなくなりますよね……あ、すみません。私の場合は元々でしたね」
それを聞いたアリスも、アルティシアの発言に合わせるかのようにこう言った。
「そのお気持ち分かります!私も隊長も、コエダちゃ……コエダ様が作るお食事じゃないと満足できない身体になってしまいましたので」
「そうですね……。私も……満足できない身体に……」ぽっ
「「……?」」
「と、とにかくです!えっと……エカテリーナが倒れた以上、ここは私が戻って——」
……戻って、本来自分がやるべき仕事をやることにする。この時、アルティシアは、楽しかった日々に別れを告げて、領主の館に戻ることを覚悟していたようだ。
だが——、
「いえ、私が行って、そのエカテリーナという方を元気にさせてきます」
——またしてもアルティシアが言葉を最後まで口にする前に、小枝が口を挟んでしまった。それはまるでアルティシアに、自身の正体を喋らせないようにするかのようだったが……。小枝がアルティシアの正体に気付いた様子はない。
「ですから、アルティシアちゃんはここで待っていてください。心配しなくても大丈夫です。そのエカテリーナという方を、必ず元気にしてきますから」
「……うらやましい」ぼそっ
「えっ?」
「では私もお供いたします」
「……良いのですか?代官の方が苦手なのですよね?」
「得意ではありませんが、彼女が倒れてしまった原因の一部……いえ、半分以上は私にあるようなものなのです。謝罪の一つくらいはしておかないと罰が当たってしまうような気がします」
「(この世界にも、罰という概念があるのですね……)分かりました。では一緒に行きましょうか」
「はい!是非!」キラキラ
「(えっと……アルティシアちゃんは調子が悪かったのでは……?)」
と妙にテンション高めなアルティシアを前に、首を傾げる小枝だったものの……。彼女から見るアルティシアの様子には、具合が悪そうな気配は無かったので、2人で一緒にエカテリーナの所へと向かうことにしたようである。
ちなみにその際、ノーチェたちからは、同行の申し出は無かった。領主の話ともなるとさすがに気が引けたのか、あるいはテンションが高いアルティシアを前に遠慮したのか……。いずれにしても、彼女たちは皆、家で大人しく留守番していることにしたようだ。
この話で午前中の出来事は終わりなのじゃ。




