8日目午前-05
クレア殿とアリス殿の名前を間違っておったのじゃ。
クレア:シチューの人
アリス:騎士の人
「……私、服着たまま寝たっけ?」
「……」ふるふる[ノーチェが着せた。あ☆さ☆ご☆は☆ん!]
「あさご……あ、うん。なるほど……。それは……もちろん、私自身が朝ご飯、って意味じゃないわよね?」
小枝がアルティシアの部屋から出てくると、そこでは寝癖を手櫛で梳こうとしていた残念な魔女グレーテルと、彼女を無事に起こしたと思しきノーチェの姿があった。2人の話の流れから察するに、どうやらノーチェが、寝ているグレーテルのことを起こさずに、そのまま彼女に服を着せて、そして現在に至る、ということらしい。グレーテルがすぐに目を覚まさなかったせいか、あるいはノーチェが空腹に耐えきれなかったせいか……。まぁ、両方だろう。
「なるほど、そういう手がありましたか……」
「ちょっ……コエダちゃん?それ、私のことを朝ご飯にするってこと?!」
「いえ。おそらく、人を食べると異物認識系が作動してしまうので、それはありえません」
「えっ……?」
「まぁ、ともかくです。おはようございます、グレーテルさん。ご飯の準備が間もなく整うので、下に向かいましょう。まだ支度は必要ですか?」
「あ、うん。おはよう。準備は必要ないわ?大丈夫。うん、大丈夫よ?自分でも何で大丈夫なのか分からないほどに、ね……」
と言って、身につけた服に不備が無いことを確認しながら、怪訝そうな表情を浮かべるグレーテル。その際、彼女はこう思っていたようだ。
「(もしかして……毎朝、ノーチェに起こして貰えば、面倒な朝の準備は必要なくなるんじゃ……)」
まさに、残念な魔女らしい思考である。
◇
それから3人は、1階のリビングへとやってきた。
そこではカイネとアンジェラの他、オブザーバー役だったはずのキラも加わって、全員で朝食の準備を進めていたようである。どうやら、ただ立って、2人のことを見守っているだけというのは、いかがなものかと考えたらしい。
そんなキラたちが準備していた食卓の上には、焼きたてのパンと、ブラウンシチュー、それにサラダなどが並べられていたようだ。それ自体は小枝が用意したものだったので何か変わったことがある、というわけではなかったものの……。食卓には何やら予期しないものがあった——いや、いたようである。
「ん?おお、コエダちゃん、グレーテルさん、ノーチェちゃん、おはよう」
そこにいたのは騎士団長のグラウベルだった。アルティシアを警護する立場にある彼は、今日も朝から職務に励んでいるらしい。まぁ、彼の前にも食事が用意されていたところを見ると、小枝が作る朝食を目当てにしてやってきた可能性も否定は出来ないが。
「おはようございます。グラウベルさん」
「おはよう、騎士さん」
[おはようございます]
「もしかして朝ご飯を食べに来たのですか?」
「目的は別にあるんだが……まぁ、率直に言うと、食べたい」ごくり
「素直ですね。えぇ、良いですよ?ただ、アルティシアちゃんはまだ準備中ですから、彼女が降りてきてからになりそうですが」
小枝のその言葉を聞いて、グラウベルは苦笑を浮かべた。ただしそれは、アルティシアの準備が整っていなかったことを知ったから、というわけではない。アルティシアは自分たちの主だというのに、その主と一緒に同じ机で食事を摂らなくてはならないという状況に、それとない忌避感を感じていたのだ。とはいえ、食事を振る舞うのはアルティシアではなく小枝なので、アルティシアとは別のタイミングで食事を食べさせてほしいとは言えず……。不可抗力的に、アルティシアと一緒に食事を摂ることになってしまい、なんとも表現しがたいこそばゆさを感じていたようだ。
「……あぁ、問題は無い。俺たちの任務はアルティシア様を守ることだからな」
「アリスさんのことは良いのですか?」
「…………」しーん
「無断で来たのですね。まぁ、良いでしょう。では、アリスさんの分のお食事も用意しますから、帰りに渡してもらえますか?」
「い、良いのか?」
「その分、便宜を働いていただければ」
そう言って、目を瞑ったまま、グラウベルの向かいに腰を下ろす小枝。彼女は目こそ開いていなかったものの、その顔には柔和な笑みを浮かべていたようである。
ちなみに小枝が目を瞑っているのは、普段から、というわけではない。兄姉たちや妹の前、小枝の正体を知るノーチェや、小枝が目を見せたことのあるカイネとアンジェラたちの前では、普通に目を開いている事が多い。ただし、アルティシアとグレーテルの前では開いていなかったりする。
というのも、彼女の目は、薄らと赤く輝いているからだ。そのせいで、自身のことをよく知らない人物に目を見られると化け物扱いされると小枝は考えているらしく、人前ではあまり目を開かないのだ。アルティシアとグレーテルの場合は、知らない人物というわけではなかったものの、無意識のうちに彼女たちに嫌われるのではないかと思って開いていなかったようである。
ゆえに、グラウベルからこんな質問が飛んでくるのは、当然のことだと言えた。
「なぁ、コエダちゃん。前から気になってたんだが……コエダちゃん、もしかして……目が見えないのか?」
グラウベルは未だ、小枝の瞳を見たことがなかった。以前彼女は、目を閉じたままで、騎士団を相手取って大立ち回りをしたのである。グラウベルとしては、そんな小枝の事が気になって仕方がなかったらしく、失礼を承知で小枝に問いかけることにしたらしい。ここ数日、小枝との関係が密になってきたことも、彼の口からその言葉が出る要因になったと言えるかも知れない。
その問いかけに、小枝は珍しく困ったような表情を浮かべて眉を顰めた。そして彼女は話し出したのである。
「……えぇ、実は……かつて真っ黒なドラゴンに襲われたことがありまして、その際に目に呪いを受けてしまったのです」
「そ、そうだったのか……それは済まないことを——」
「いえ、それは冗談で、他の方々に目のことを聞かれたときに、どう答えようかとストーリーを考えていまして……」ぱっちり
そう言いながら小枝は、赤く輝く光彩の中心にグラウベルを捉えた。
「これを見てどう思うか、率直に感想をお聞かせいただけますか?」
小枝の視線の先にいたグラウベルは、最初の内こそ申し訳なさそうな表情を浮かべていたようだが、そのうちに顔から血の気を引かせていって……。仕舞いにはガクガクと震え始めてしまった。それほどまでに彼は、小枝の目に、何かしらの恐怖を感じ取ってしまったようである。
そうじゃのう……この日は少し、小枝殿の人外ぶりを書くというのも悪くないかも知れぬのう。




