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2日目-09

 小枝は冒険者ギルドの前に立っていた。レンガ造りの頑丈な建物。一度に10人ほどは通過できそうなほどに大きな入り口。そして冒険者たちの——、


「てめぇ!ぶっ殺すぞ!」

「あ゛ぁ゛?!」

「表に出ろやコラ!」


ズガァァァァンッ!!


——という騒がしい喧噪……。ギルドばかりが同じ場所に立てられていて、近くに家屋が無かった背景には、そういった事情もあるのかも知れない。


 そんなギルドを前に、小枝は思わず眉を顰めた。


 というのも、彼女が思っていたよりも、2割から3割ほど、ギルドの中が騒がしかったからである。異世界における新人冒険者のパターンとして、先輩冒険者に絡まれる可能性は消して小さくない、と覚悟を決めていた小枝だったが、どうやらその予想は、現状、かなり甘いと言わざるを得なかったようである。


 その証拠に、今、冒険者ギルドの中から、一人の男性冒険者が美しい放物線を描きつつ、小枝の方へと吹き飛んできたのだ。おそらくは誰かに殴り飛ばされたのだろう。


「(もう、朝から騒ぐとか、血圧、大丈夫でしょうか?とりあえず私は、あの方のようにならないよう、気を付けながら進む事にしましょう)」


 小枝は何事も無かったかのように、吹き飛んできた男性を避けて、ギルドの入り口へと進もうとする。


 すると今度は、巨大な斧を構えた別の冒険者が、鬼気迫る勢いで、吹き飛んだ男性のことを追いかけてきた。どうやら彼が、男性のことを殴り飛ばした本人のようだ。


 そんな彼のことも——小枝は難なくすり抜ける。


「「「えっ……」」」


「…………?」


シーン……


 小枝が冒険者ギルドに入ると、騒がしかった空気が何故が静まりかえり、彼女に対して無数の視線が一斉に向けられてくる。小枝はどうして自分に視線が向けられるのか分からず首を傾げたものの……。入り口に立っているわけにもいかなかったので、そのまま受付の方へと進んでいった。


 そして、人の並んでいない列を見つけると、そこにいた受付嬢に向かってこう口にする。


「あの、冒険者の登録をしたいのですが……」


 その瞬間、直前とは異なる色の空気がその場に漂う。


「……ねぇ、あの子、冒険者になりにきたの?」

「そんな馬鹿な……」

「あぁ、本当にありえん……」

「あの状況でどうやって入ってきたんだ……」


 小枝を見ていた冒険者の顔色は、文字通りに十人十色。嘲笑う者もいれば、驚く者もいて、中には哀れむような表情を浮かべる者や、珍しいものを見るかのような者までいたようだ。


 当の小枝は、そんな彼らの声を聞きながらも、一切表情を崩すこと無く、返答を返さなかった受付嬢へともう一度問いかけた。


「えっと、冒険者の登録をしたいのですが、もしかしてここじゃなかったりしますか?」


 するとようやく、口にすべき言葉を見つけたのか、受付嬢が返答した。


「もしかして、君、迷子かな?」


「いえ、違います。冒険者になりたくて——」


「……残念だけど、12歳以下の人は、冒険者にはなれないの。もう少し大きくなってから来て貰えるかしら?ごめんね」


 その言葉を聞いた小枝の顔から表情が消えた。彼女は自分が幼く見えることを、薄々感じていたのである。


 しかし彼女は見た目通りに、幼いわけではなかった。彼女の妹であるワルツは15歳。つまり、彼女よりも小枝の方が年上でなくてはおかしかったのだ。


「……18歳」


「えっ?」


「何度も言わせないでください。18歳です。貴女、先ほど吹き飛んでいった冒険者のように吹き飛ばされたいのですか?」ゴゴゴゴゴ


 小枝は凄んだ。言って良いことと悪いことがある……。怒りの沸点はそれほど低くないはずの彼女だったが、気にしていることをピンポイントで言われて黙っていられるほど、懐は広くなかったようだ。


 しかし、荒くれ者ばかりの冒険者たちの間で、鍛え抜かれた受付嬢の精神は、小枝が凄んだ程度で揺るぐものではなかった。


「ちょっとお嬢ちゃん?聞き分けがないと怖いおじさんたちに——」


 連れていかれる……。と、受付嬢が口にする前に、早速、怖いおじさん方がやってくる。


「おいおい、クソガキ!後ろ詰まってんだから、お家に帰ってママの乳でもしゃぶってな!」

「おら!退けよ!」

「5年後にまた来——」


ズドォォォォン!!


 その瞬間、建物の中にいた冒険者の全員と、ギルド職員の全員、そして掲示板やカウンターに至るまで、ありとあらゆるものが超重力によって地面へと引きつけられた。何一つとして例外は無い。建物自体もミシミシと軋む。ガラスが割れる。大きな鉄製の扉も、轟音を立てて地面へと倒れ込んだ。


 そんな状況の中で、1人だけ立っている者がいた。小枝である。彼女は、受付嬢の前にしゃがみ込んで、にこやかに笑みを浮かべると……。良く聞こえるようにと受付嬢の耳元でこう言ったのである。


「18歳です」


 そう言って重力制御システムを解放する小枝。


 その際、誰一人として死ぬことも怪我をすることも無かったものの、しかし誰一人として立ち上がることも、声を出すこともせず……。結果、アンモニア臭が立ちこめるギルドに興味を失った小枝は、冒険者の登録をせずに、そのままギルドを後にしたのであった。


こういう話を書きたかったのじゃ。

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