2日目-08
ようやく空が明るくなってくる。そう、ようやくである。
「(……夜ってこんなに長かったでしょうか?実は時計が壊れていたり……しませんね。何度見ても4時間しか経っていません……)」
領主の館で、黒服たちによる少女の暗殺を誤って妨害してしまった後。小枝は町の中を彷徨って、暇を潰していた。時には酔っ払いたちが風邪を引かないようにと藁でくるんでみたり、時には町の中に落ちていたゴミを拾って一箇所に集めてみたり、時にはうつらうつらと眠りこけていた衛兵にちょっかいを掛けてみたり……。時間の経過の遅さに絶望していた割には、充実した異世界ライフ(?)を送っていたようである。
「(そろそろ冒険者ギルドは開きましたかね?さすがに夜には開いていないというのは分かりますが、冒険者の朝は早いはずなのですから、まさかこの時間になって開いてないわけが……って、これフラグですかね?)」
小枝は神妙な表情を浮かべつつ、冒険者ギルドへと向かった。するとその道中のこと。
「あ!コエダちゃん!おはよう!」
どこかで聞いたような男性の声が、小枝を呼び止める。
「……?あぁ、アメリカの大統領さん」
「えっ?」
「あ、いえ。おはようございます、リンカーンさん。随分とお早いんですね?まだ、太陽は昇っていないと思うのですが……」
「そりゃぁ商人だからな。時は金なり、ってやつだ」
そう口にするリンカーンは、朝から働いていたのか、眠そうにしている様子はなかった。実際、彼の手の中には、何やら木札のようなものが握られており、今まさに仕事をしている最中、といったような雰囲気である。
小枝はその木札に気付いて、リンカーンに対して問いかけた。
「それ、なんですか?」
「ん?これか?これは商品の引換札で、競りで落とした品物を交換するためのものだ」
「ふーん。競りなんてあるのですね?」
「品物を売る側は高く売りたいし、買う側は安く買いたいからな。朝市の競りは……って、コエダちゃん、競りのこと知ってるのか?」
「はい?知ってるって……当然のことではないのですか?」
小枝としては、現代世界と同じく、異世界でも競りが行われているものだと考えていたようようである。
だが、どうやら、この世界では、相当に特殊なことだったらしい。小枝がその理由を知らないと気付いたのか、リンカーンが事情を話し始めた。
「まぁ、この町でなら、当然と言えば当然なんだが……」
「…………?」
「他の町ではオークションに似た行為を禁止しているのが普通なんだ。だけど、この町の領主はそれを許可していてな……」
「競りは禁止行為なのですか?」
「あぁ。ちなみに、オークションって知ってるか?」
「えぇ。品物の金額をつり上げていくやつですよね?」
「……そう言われると何となく違うような気がしなくもないが……まぁ、大体その通りだ。オークションは基本、国が主催するものだから、平民がその真似をするというのは本来御法度なんだ。だから競りも……」
「確かに似たようなものですからね……。初めて知りました」
「まぁ、今まで村で生活してきたなら、町にそういうルールがあることを知らなくても仕方ないさ」
と言って苦笑するリンカーン。
それから彼は、小枝を呼び止めた理由について話し始めた。
「そうそう。コエダちゃんに言わなきゃならないことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「野営してる時に、この町で美味い飯をおごる、って言ったろ?実はこの町におすすめの食事処があるんだが、一緒にどうかと思ってな?」
「……デートのお誘いですね?」
「いや、無い無い」
リンカーンは小枝の問いかけに首を振りながら即答した。2人の見た目は、親と子どもほどに離れているのである。リンカーンとしては純粋に口約束を果たすために誘ったのだろう。
ただ、誘われた側の小枝としては、即答されたのが気に入らなかったようだ。
「……一応、私もレディーなのですから、そこはもう少しオブラートに包まれてはいかがでしょう?」
「コエダちゃんも難しいことを言うな……。その"オブラート"というものが、どんなものなのかは分からないが……言いたいことはよく分かった。すまない。実はな……俺にはコエダちゃんと同じくらいの歳の娘がいてな……」
「なるほど……。では、リンカーンさんは、私を連れて料理店に行くよりも、私の代わりにお嬢さんを連れて行かれるべきだと思います。女の子の成長はすごく早いんですから、すぐにリンカーンの元を離れて行ってしまいますよ?後悔をする前に、思い出を沢山作っておくべきです」
小枝のその言葉を聞いて、リンカーンは眉を顰めると……。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、小枝にこう問いかけるのであった。
「……なぁ、コエダちゃん。失礼なのは承知だが……コエダちゃんって、いったい何歳なんだ?」
リンカーンのその問いかけに、小枝はニッコリと笑みを浮かべると、静かに人差し指を唇に当てて……。そして、再び冒険者ギルドへと歩き始めるのであった。




