7日目午後-04
アルティシアとノーチェが、花の冠を頭に乗せて、両手一杯の草花を小枝の所へと持って帰ってきてから。目的を達成した一行は、一路、町へと戻った。
それは、アルティシアとノーチェが家の中へと入り、彼女たちに続いて小枝が最後に敷居をまたごうとした——そんな時に起こる。
「「「主様!」」」
見知らぬ男たち——否、冒険者風の服装に身を包んだ元ガベスタンの間者たち3人組に、小枝は話しかけられたのだ。
「(顔合わせは……まぁ、もう少し先でも良いでしょう)キノシタちゃんとノーチェちゃんは先に行っていて下さい」
「はーい」
「(はーい)」
2人の背中を見送った後、小枝は男たちに対して視線を向けた。
「どうでしたか?新しい人生の門出は」
その問いかけに、パーティー"β"のリーダーを務める1月が返答する。
「えぇ、主様のご支援もございまして、とても良いスタートを切ることが出来ました。午前中の内に5つほどの依頼をこなしまして、全員、FランクからEランクに上がったのです」
「それはなかなかではありませんか」
「これでも我々は戦闘に特化した元暗部。我々の力を以てすれば、この程度、造作もございません」
「なるほど……」
小枝はそう相づちを打ちながら、手下たちの評価を上方修正していたようである。思いのほか、男たちが出来る者たちであることに気付いたのだ。
……ゆえに彼女の計画に支障は無さそうだった。
「それは重畳です。では、早速ですが、皆さんに一つお願い事があります」
「「「はっ!」」」
「今日、私たちが受けた依頼で、ウィッチスパイダー(以下WS)の討伐——もとい食材の納入というものがあったのですが、依頼が失敗してしまったのです」
「なるほど……その依頼を、主様の代わりにこなしてくればよろしいのですね?」
小枝ほどの強さがありながら、なぜ失敗するのか……。そんな疑問を抱きながらも、ヤヌアは小枝に問いかけた。
それに対する小枝の返答は、しかしヤヌアたちが想像したものとは大きく異なっていたようだ。
「いえ、違います」
「違う……のですか?」
「はい。納品対象となるWSの足は、すでに相当分、確保済みです。貴方がたには、それをチームβの名義で、納品してきて欲しいのです。可能ならランクを上げてしまって下さい」
「そ、それはいったい……」
「理由は簡単です。私たちが納品してしまうと、私たちのランクが上がってしまいます。しかし、私や姉様は良いとして、他のメンバーは、ランクと実力がまだ合っていない状況です。ですから、私たちは、私たちのタイミングでランクアップを果たしたいと考えているのですよ。」
と、数日前からギルドからのランクアップ圧力が無くなっていることにも気付かず、男たちに向かってそう説明する小枝。
すると、当然と言うべきか。ヤヌアは小枝の言葉の行間を読もうとする。
「……承知いたしました。では得られた報酬をお渡しすれば——」
ランクアップのためのポイントだけを稼いで、得られた報酬だけは返せば良いのか……。ヤヌアがそう口にする前に、小枝は首を横に振った。
「いえ、その必要はありません」
「「「えっ……」」」
「報酬は貴方がたの好きなように使っていただいて構いません。得られた報酬は、貴方がたに対する依頼料のようなものだと考えて下さい」
そんな小枝の発言に、男たちは思わず閉口した。もちろん、小枝の慎み深さに驚いていたわけではない。自分たちは小枝に何をさせられようとしているのか、その意図を勘ぐったのだ。
対する小枝としては、男たちが何を考えようとも、どうでも良い事だったようである。疑念の視線を向けられても、彼女は臆すること無く手を動かして、異相空間の中からこの時のためにあらかじめ組み立てておいた荷車を取り出すと、そこにWSの足を大量の入れた籠を山のように積み上げた。
ちなみにこのWSの足は、小枝たちがHBの繭を回収しに森へと出向いた際に回収したものである。襲い掛かってきた魔物の中から、WSだけを狙って、8本ある足の内、2本づつを回収して回ったのだ。そうすればWSが命を落とすことは無い、と小枝は考えていたらしい。……尤も、すでに冬虫夏草に寄生されているはずなので、命を落とす落とさないという段階の話ではないのかもしれないが。
「はい、どうぞ」
「「「…………」」」あぜん
「……どうかされたのですか?」
「「「い、いえ……」」」
突然、虚空から出てきた荷車と、WSの足だけが大量に入った籠の山。それを見たパーティーβの面々は、より一層複雑そうな表情を浮かべたようである。彼らは籠の山を見た改めて思ったのだ。目の前にいる人物が、少女の皮を被った正真正銘の化け物だということを……。
こうしてヤヌアたち3人は、冒険者登録初日にして、全員がDランクまで上り詰めたハイリゲナート王国唯一の冒険者パーティーとなったのである。……そう、3人とも小枝の真意を知らぬままに。




