7日目午後-02
「午後は新しいお布団を作ろうと思いますが、皆さんは何色が良いですか?」
布団に使う生地を染めるにあたり、小枝は各々の好みの色を問いかけた。せっかくなので、勝手に決めずに、聞いてみることにしたらしい。
その問いかけに、グレーテル、アルティシア、ノーチェ、そしてなぜかキラの順に返答する。
「私は黒が良いわ?」
「私は青が良いです」
[ ノーチェはきいろ! ]
「……黒」
「……色々と言いたいことはありますが、黒い染め物をするのは大変です。というか姉様は、知ってて言っていませんか?」
「……当然」
「では、姉様は、グレーテルさんと一緒に真っ黒な染め物をしてください。染料の安定剤を忘れて、洗ったら色落ちするようなことが無いように気をつけてくださいね?」
「……忘れてた」
といいつつも、チョイチョイとグレーテルのことを手で呼び寄せるキラ。どうやら彼女には、この世界にあるもので黒染めをする秘策があるらしい。
結果、小枝は、オーソドックスな色を口にしたアルティシアとノーチェに対応することになった。
「アルティシアちゃん。青はどのくらいの青色が良いですか?」
「空みたいな青……って言っても、いろいろな色がありますよね。では、この季節——春の昼間の空みたいな柔らかい青色というのはできるでしょうか?」
「……遠慮していませんか?」
「どこまで真っ青に染められるのかは興味がありますが、遠慮しているわけではありません。青い空の匂いがするお布団で眠ったら空を飛んでいるような気持ちになれるかな、と思いまして……」
「わかりました。では、ほど良く青い"空の色"に染め上げましょう。ノーチェちゃんは?」
[ きんいろみたいにピカピカしてるのがいい! ]
「……ちなみになぜ?」
[ こーうんを呼ぶって、おばあちゃんが言ってた! ]
「……そうですか」
ノーチェの言葉を聞いた小枝は複雑な気持ちになったようである。子供が金色の布団で眠ってみたいと思うこと自体にそれとない忌避感を感じていたこともそうだが、家族を思い出したノーチェのことを心配してしまったのだ。
とはいえ、ノーチェに、離ればなれになった家族のことを心配した様子は無かったようである。彼女はキラキラと輝く視線を小枝へと向けて、満面の笑みを浮かべていたようだ。
それが逆に小枝のことを不安にさせてしまった。無理をして笑みを浮かべているのではないか、表向き健気に振る舞っているだけではないのか……。そんな心配が頭の中に湧き上がってきたのだ。
結果、小枝は、ノーチェに事情を問いかけるかを悩んだ後で、やはり問いかけることを決意する。この先も彼女と共に生活を送る上で、ノーチェの考えをはっきりさせておきたいと考えたらしい。すなわち——家族に会えなくて寂しくないのか、と。
「ノーチェちゃん。話題を切るようで申し訳ないのですが、一つ聞かせてください」
「(うん?)」
「ノーチェちゃんは家族のところに帰られるとしたら、帰りたいですよね?お婆ちゃんのところとか、お母さんのところとか……」
「(んー……ノーチェ、一人暮らしだったから、お母さんもお父さんもいないよ?お婆ちゃんっていうのは、村のお婆ちゃんのことで、お婆ちゃんのところに帰るっていうのはちょっと違う?)」
「……っ!」
ギュッ……
小枝はたまらずノーチェを抱きしめた。彼女が健気に振る舞っているどころの話ではないことに気づいたのだ。
「(……お姉ちゃん?)」
「ごめんなさい。余計なことを聞いてしまいました」
「(んと……)」
「お詫びに美味しいおやつを用意します」
「(おやつ?!)」キュピーン
「おやつを持ったら、染め物をするためのお花を探しに行きましょう」
「(うん!)」こくこく
と、一切涙を見せること無く、小枝に向かって頷くノーチェ。そんな彼女が健気に振る舞えていたのは、完全に悲しみを乗り越えたというわけではなく、おそらくは物心ついたときからすでに両親がおらず、悲しいとすら感じられなかったからだろう。
小枝は触れてはいけない話題を早々に切り上げると、早速、おやつの準備を始めた。おやつは、異相空間の中であらかじめ寝かせておいたクッキーのタネを表に出して焼くだけなので——、
「はい、できあがりです」
——小枝の能力を使えば、造作も無いことだったようである。準備から完成まで、およそ10秒。ノーチェからするとその様子はまるで、小枝がおやつを作る魔法を使ったかのように見えていたようだ。
「(うわぁ……!コエダお姉ちゃん、魔法でおやつが作れるの?!)」
「これは魔法ではなく科学ですね」
「(かがく?)」
「さあ、お花摘みに出かけましょう」
「(えっと……うん!)」
そう言ってカチューシャの位置を調整して、リュックを背負うノーチェ。やはり彼女の表情に憂いの色は無く、家族について心配を抱えている様子は無かった。
「……あの、コエダ様?先ほどノーチェちゃんと何を話されていたのですか?」
「後ほど詳しくご説明します。誘拐犯というものは、本当に害悪でしかありませんね……」
「はあ……」
と、小枝の発言に首を傾げるアルティシア。
その後、彼女はノーチェの境遇を小枝から聞くことになるのだが……。アルティシアが黙ってノーチェを抱きしめたのは、小枝と同じことを考えたから、なのかもしれない。




