7日目-26
その後、転移魔法でブレスベルゲンへと戻ってきた小枝たちは、そのままの足で冒険者ギルドへと向かった。ウィッチスパイダーを探すどころの話ではなさそうだったので、仕方なく依頼が失敗したことを伝えようとしていたのだ。……まぁ、正確には、探せないのではなく、探すことで大規模な自然破壊が繰り広げられることになるので、仕方なく諦めることにした、というべきか。
小枝たちが町の中に入って、センターアベニューを通り、教会のあるフェアアベニューの曲がり角を左に曲がろうとしたとき。小枝は、町の中がいつもよりも騒がしいことに気付く。
ザワザワザワ……
「魔物の食材が全然入ってこないんだ」
「おぉ、あんたのところもか?ウチもなんだ」
「普段ならこの時間になったら入荷するはずなんだが……」
「在庫があるから今は良いが……珍しいな……」
どうやらフェアアベニューにあるGTMN食材を扱う殆どの店で、食材の新規入荷が無いらしい。
「(在庫などというものがあるのですか……)」
何やら聞きたくない言葉でもあったのか、眉を顰めながら商店街とは逆の方向へと曲がっていく小枝。他のメンバーたちは町の人々の会話に気付いていないのか、先ほど森の中であった出来事やパラセーリングなどを思い返して、話に花を咲かせていたようである。
それから彼女たちがギルド前へとやって来ると、そこは更なる喧噪に包まれていた。
「なんなんだ、今日の魔物たちは……」
「あいつら、普段はあんなに凶暴じゃないはずなのに……」
「いや、そもそも、あの魔物の密度はおかしいだろ……」
「あぁ、アレはまさしく"壁"だったな……」
ギルドの中は人でごった返しているらしく、ギルドに入れなかった者たちが、建物の外で魔物について話し合っていたのだ。その様子を見る限り、相当数の者たちが、小枝たちと同じく、大量の虫たちに襲われたようである。
ここまで今日の出来事について話し合っていたアルティシアたちも、さすがに周囲の異変に気がついたようだ。
「随分と騒がしいようですね?普段からこのように賑わっているのですか?」
「いえ、普段だと昼前のこの時間帯は閑散としているはずです。話を聞く限り、皆さん、私たちのように、森で虫さんたちに襲われたようですね」
と、小枝が口にすると、一斉に彼女たちの方を向く冒険者たち。その後、シーンとその場が静まりかえり、人垣が2つに割れて……。そして小枝たちの前に、ギルドの入り口への通路が開かれる(?)。
「さて……では、行きますか」
そう言って何事も無かったかのように歩き出す小枝に対し、グレーテルは思わず問いかけてしまう。
「ちょっ、コエダちゃん!この状況でよく冷静でいられるわね?」
「この状況?皆さんが道を退けてくれたことですか?それはまぁ、慣れていますし……」
「いやこれ、慣れるような場面じゃないと思うんだけど……。アル……キノシタちゃんもそう思うでしょ?」
「えっ?普通ですよね?」
「あっ……う、うん……そう、なんだ……(そ、そっか……私、一人暮らしが長すぎたせいで感覚がズレてるのね……)」
「……グレーテル。多分、今、何か大きな勘違いをしている。ノーチェがその証拠」すっ
「…………」ぷるぷるぷる
「……やっぱり、そうよね……(あぁ……私の常識が……)」
自分の常識がいつの間にか静かに書き換わっていくような気がして、遠い視線を空へと向けるグレーテル。そんな彼女の視線の先にあった空だけは、今日もいつもと同じ青い色を浮かべていたようである。
それから5人は、一列に並んで、冒険者たちが作った花道(?)を通り、ギルドの入り口に立った。
そこから見えるギルドの中は、やはり人でごった返していて、3密などという言葉とは無縁の状況。まさにギュウギュウ詰めだったようである。ゆえに、先頭を進んでいた小枝は、ギルドの入り口を潜ろうとしたところで足を止めた。アルティシアやノーチェを連れて入るには、あまりに危険だと判断したのだ。
「なるほど。これはカウンターまで辿り着くのは難しそうですね」
「……小枝。重力障壁を使っちゃダメ。虫たちと同じようにはいかない」
「当然です。死人が出ます」
とキラに答えつつ、小枝がギルドの入り口で、どうしたものかと考えあぐね……。そしてこの際なので、混雑を緩和すべく、ギルドの入り口を拡張してみるのも良いかも知れない、などという混沌としたことを考え始めた頃。
「うわっ、コエダ様……」
「えっ?あっ!コエダ様……」
「コエダ様?!」
「あっ、ホントだ、コエダ様……」
何やらスチールウールに火を付けたかのように、ギルド内へと小枝登場の話がジワリジワリと伝わっていき……。
ぞろぞろ……
「す、すみません!」
「失礼しましたっ!」
「ど、どうぞどうぞ!」
「ひ、ひぃ……!」
クモの子を散らすようにして、冒険者たちがギルドの中から出てくる。
「はあ……」
「「「?!」」」びくぅ
ズササッ!
「はて?何を怯えているのでしょう?……まぁ、良いです。ガラ空きになったので入りましょうか」
「……ねぇ、コエダちゃん」
「はい?なんですか?グレーテルさん」
「これも……普通のこと?」
「んー、まぁ、ここ数日はこんな感じですね。この町の冒険者の方々は、思いのほか親切な方が多くて、よく道を譲ってくださったり、順番を譲ってくださったりするのです」
「そ、そう……」
「……グレーテル。小枝は言葉足らず」
「いや、それは何となく分かりますけど……(キラさんがそれを言うのはどうかと……)」
そう言いつつ、近くにいたアルティシアへと視線を向けるグレーテル。しかし、その先にいたアルティシアは、「?」と首を傾げていて……。彼女にはグレーテルの意図が理解出来ずにいたようである。
「いや、何でもないわ……」
そしてグレーテルは悟った。自分の感覚を理解してくれるのは、ノーチェしかいない事を……。
尤も、そのノーチェも——、
[ 今のうちに並ばないと! ]
——意外と強かで、グレーテルの希望(?)とは逆の方向へと歩みつつあったようだが。
話を進めたいのいは山々なのじゃが、今ちょっとやっておることがあっての?
ここ数話はゆっくり展開になる予定なのじゃ。
まぁ、ゆっくり展開はいつものことかも知れぬが……。




