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2日目-06

 黒服の男たちが狙っていたのは領主の首だった。そう、彼らは隣国『ガベスタン』の刺客。この辺境の地と、山を挟んで向こう側にある王国の暗殺者たちである。


 彼らにとって、ブレスベルゲンの町は、町が所属する王国『ハイリゲナート』を侵略する際の要所だった。いわば、目の上のたんこぶと言えるような場所である。しかも、ブレスベルゲンの領主は、好戦的なガベスタンを相手に、うまく立ち回っていたらしく、領地の開発が進んでいなかったのも策略の一つで……。冒険者たちを敢えて領内に大量に滞在させる事で、ガベスタンに対する牽制として使っていたのだ。ガベスタン側としては、ブレスベルゲンの領主が厄介極まりない人物に見えていたに違いない。


 なにしろ、国内にいる冒険者たちは、有事の際に、好待遇で傭兵として雇われるのである。あるいは、兵士として雇われずとも、他国からの侵略に関する情報を国に報告すると報奨金が貰えるので……。敵国側からすれば、侵略しようとしていた場所に冒険者たちがいるだけで、正規の兵士を配置されていることと同じであるかのように見えているのだ。もちろん、それは、ガベスタン側から見ても、ハイリゲナート側から見ても同様である。


 ただし、だからといって、ガベスタンが冒険者たちを狙って攻撃を仕掛けるようなことはしなかった。先にも述べたように、国内にいる冒険者たちは、有事の際に貴重な戦力源になるのである。ガベスタンもそれに変わりは無く、敵国だからと言って、有事でもないのにそこにいる冒険者のことを殺めるようなことをすれば、自ずと自国から冒険者たちが離れていき……。結果として、自国の首が締まることになるからだ。


 ゆえに"国"というは、一般的に、冒険者たちが流出しないよう、そして彼らが自国へとやってくるようにと躍起になるのである。冒険者ギルドに対する国からの支援金が、それなりに高額なのも、それが理由だ。なお、有事の際、冒険者たちがどれほどの戦力になるのかは、ランクにもよるが、同人数の騎士団より上になる場合が多々ある、と言えば分かって貰えるのではないだろうか。


 それはさておき。


 そんな背景があったために、ガベスタンの指導者たちにとっては、有事でもないのに冒険者たちを有力な戦力として扱っているブレスベルゲンの領主のことが、邪魔で仕方がなかったのである。ではどうすれば良いのか、と考えた結論が、領主を暗殺して首を差し替える、というものだった。今の領主を葬り去った後、領地の開発に前向きな新しい領主がその座に着いたなら、そのうち領地の開拓が進み、冒険者たちがその場から消え失せ、現状の手詰まり状態を自分たちの思う方向に改善できる、と考えたのだ。


 そこには、もう一つ、彼らの考えを補強する理由があったのだが……。まぁ、それはさして重要ではないので、ここでは省略する。


 かくして、暗殺者たちは、自国の指導者たちからの指令を受けて、ブレスベルゲンの領主を殺害するために、ここまでやってきた、というわけである。


「(…………いくぞ)」

「「…………」」こくり


 黒服の男は、警報機能の付いた魔道具(へやのかぎ)を難なく破壊した後、仲間たちに最後の目配せをした。これから彼らたちがやろうとしていることは、国と国との未来を決めるきっかけになるかも知れない大きな仕事なのである。既に多額の資金と、時間、労力を費やした後で、さらには、町ごと眠りに付かせるという大規模な魔法を使った後なのだ。……もはや、自分たちに後は無い……。男たちは、そのことをお互いに確認し合ったようだ。


 ゆえに、彼らの行動に、迷いは無かった。部屋の扉を開けると、部屋の主が寝ているだろうベッドまで、迷うこと無く真っ直ぐに進んで行ったのだ。もちろんその手に凶刃を携えてだ。


 彼らが入った領主の部屋は、まるで"少女"の自室といったような雰囲気に包まれていた。棚の上には可愛らしい人形が並んでいて、白いクローゼットにも花のような飾りの付けられていて……。ベッドもこれまた姫君のために作られたような天蓋付きのものだったのだ。


 ……つまりである。この部屋の持ち主——言い換えるならブレスベルゲンの領主は、男性ではなく、女性だったのだ。それも、まだ少女と言えるような年齢の。


 しかし、襲撃した黒服の男たちは、領主が女性である事を知っていたようである。ゆえに彼らは部屋に入っても驚かず、ベッドの上から流れるように垂れていた白く長い髪にも目を奪われず……。病的とも言えるような透き通った肌にも惑わされることなく、彼らはただひたすらに彼女を殺害する事だけを考えていた。


 すべては想定内。まさに計画通り。……そのはずだった。

 

 それは彼らが刃を構え、領主の少女の胸にその鋒を突き立てようとした時に起こる。


キィィィィン……


 突き立てようとした刃が、領主の胸の上、およそ3cm程度の場所で、何か硬いものに当たるかのように、ピタリと止まってしまったのだ。


 それも当然のことだった。なにしろ、その刃は、実際に硬いものに当たって、移動速度を0にされてしまったのだから。


「ちょっと、何をしているのですか?そんなことをしたら、この子、死んでしまいますよ?」


 今にも領主の命を刈り取らんとしていた刃を止めたのは、黒服の男性の横から現れた白い手だった。その手——否、指先が抑えていたのは、刃の中でも一番威力が集中するはずの鋒。本来なら最も切れ味が良いはずの部位だった。


 しかし、その刃が、白い指を傷付けることは無い。黒服の男がそれ以上に力を加えても、刃はびくともしなかったのである。例えるなら、ドラゴンの鱗に、ただの鉄棒を突き立てようとしているかのように……。


 直後、プランAが失敗したことを悟った男たちは、プランBへと移行する。自滅を覚悟で領主を殺めるというバックアップとも言えないプランだ。このプランにおいて、彼らが生きて帰還するという予定は存在しない。


 男たちは、揃って手を前に突き出す。その瞬間、暗闇を眩い光がかき消した。その明かりの名を、火球という。


ズドンッ!!


 部屋の中を炎が包み込んだ。白かったはずのクローゼットは赤色に染まり、豪華な絨毯はみるみるうちに黒く変色していく。


 そんな状況の中で男たちが見たのは——、


「「「んなっ?!」」」


「あの……魔法使うなら、外で使っていただけませんか?ここ室内なので、火事になります」


——炎の中で涼しげに立つ少女の姿。見た目は12歳くらいにしか見えない髪の長い少女が、炎の色をその和装に映しながら、その場に佇んでいる姿だった。


……ハイリゲナート。

発音は少々違うのじゃが、とある国の言葉で『聖なる夜』なのじゃ?


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